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『どこ から きた』

 想がありったけゆっくりと英単語を読むと、子供は無意識に同じ様に口を動かしてみてはなぞなぞを解くように周りの子と話を照らし合わせた。

「みんな、いきなり車に乗せられたんだよ。お昼寝ばっかりするからもう眠れないの」

 同じ地域に住むと知り、仲良くなってみんなで怖さを紛らわせようと頑張っているようだった。

『だいじょうぶ』
「平気だよ!」
「ジョージを叩いた奴、中身を傷つけるなって、怒られてた」

 口々に不安を喋る子供たちのそれを聞きながら、助けられる力が無いことに想は悔しさで一杯になり、縛られた腕を動かしてみる。なんとか後ろ手から前に変えられれば行動が大幅にしやすくなるのだが。
 想が変な動きをし始めると、子供が可笑しそうに笑った。

「あたしバレエしてるからそれ出来る!コツを教えてあげるよ!寝転がった方がグネグネしやすいよ」
『い゙ででで』

 無理矢理引っ張られたり押し込まれたりわいわいしているうちに、身体を丸めて腕に通すと、想は軽くつりながらも、どうにか手を前に移動させた。子供の強引さと無邪気さに体力は尽きそうだった。

『ありがとう』

 子供を恐ろしいと感じながら、可愛い悪魔たちの頭を撫でてやり、想は引きつった笑顔から優しい微笑みに変わった。
 涙の跡も残る笑顔を向けられ、なんとかして助けたいが想には出来ない。同じ立場かそれ以下の存在だ。悔しいが、なんとかアリスに頼るしかない。アリスは怖がられていない様子だった。恐らくは子供に優しいのだろう。
 想は子供たちが不安にならないように話を聞いたりして時を過ごした。









「条件がある。スノー・カザンスは今後、アナリストとして捜査協力すること。そうでなければ今度は家まで用意して、その中しか行動範囲を取れないようにする。それが嫌なら刑務所だ。今回、誤作動は通用しなかった」

 短いブロンドを撫でつけたメガネの男がスーツを着こなし、冷たく書類を要約する。

「レン・シンドウはウェイン・スズキ医師として組織に潜入していただく。法医学以外にもしっかり資格はあるようだし、経歴はこちらで用意する。臓器売買のルートや仕組みを調べて欲しい。うまく仕事をこなし、1、2年内部調査を」
「レンを殺す気!?」

 スノーが食いかかると、ギロアの部下は手のひらでそれを制してスノーを睨んだ。

「ギロアフラムがお前等のためにどれだけ上に掛け合ったか分かるか?これが上からの条件を満たすための下準備だ。ジズ・ウィンレンスを逮捕し投獄してしまったら、闇組織を崩せなくなる。」
「結果、組織をどうにかできればいいと言うことだろう。だが、単純に潰せばいいんじゃない。組織の頭がアメリカにいる時に捕まえて、お前らが手柄を立てたい訳だ」

 新堂の言い方にムッとしながらもギロアの部下は頷いた。
 新堂が了承するとスノーも渋々ながら頷いた。携帯電話で連絡を取った彼が安ホテルの外にあるSUVを指差した。

「私はターナーと呼んでくれ。明け方、明るくなり始めたら特殊部隊が船を制圧する。港で待機になるだろう。ギロアフラムのためにも……全力は尽くす」

 ターナーが荷物を持って先に部屋を出るのを見てスノーは新堂に慌てて話し掛ける。朝方の4時前で、まだ辺りが静まっているため新堂は人差し指を唇に宛ててみせた。
 スノーが大袈裟に声を落とした。

「いいの?ソウを助けても一緒に日本に帰れないんだよ?!」
「……別に構わないさ。いい機会だ。想も俺から離れたら、まともに世間に馴染める。ギロアにも相当な貸しだ……」
「良くないよ!」

 スノーは食いついたが、新堂は気にした様子もなく少ない荷物を持ってターナーに続いた。スノーも上着を羽織って後を追う。

「良くない。だって、だって……レンがここまでしてあげる程好きなんでしょ、ソウのこと。だから俺も協力したんだよ?」

 そうでなければ、自ら狭い世界に入ることに頷いたりしないとスノーは言った。

「俺は……レンがギロアの友達になって、ギロアがレンを紹介してくれて、俺はちょっと変だって言われてて、いろいろ助けてくれたときから恩返しがしたかった。だから今回、あいつらの犬になることも我慢しようと思うけど、それでもソウと離れ離れだよ!」

 ターナーはスノーの発言にため息を吐いたが、聞こえない振りでエンジンを掛け、早く乗るようにスノーに手招きをする。
 スノーは最後の抵抗とばかりに上着の裾を握り締めて新堂を睨んだ。

「子供たちも助けないと。スノーが協力してくれて助かっている。本当にありがとう」

 表情こそ無いものの、優しい新堂の言葉にスノーは握り締めた手を緩め、とぼとぼと車に乗った。何を言っても既に遅いと、スノーも理解して座席に座る。

「警察の正義……なんて、……クソだ。無償でなんて……助けてくれない」
「それは俺たちが一番よく知っているだろ」

 スノーの半ベソ状態の悪態に、新堂は頷いて小さな声で囁いた。

「……うん。そうだよね……分かってる」

 どれだけ報復を願っても法に守られる罪人はいる訳で、復讐したいが出来ないのがほとんどの人間だ。
 数年前、新堂がミッシェルの夫への復讐を手伝った事を知ったスノーは、『それを仕事にしよう!』と言った。
 依頼者から標的まで徹底的にスノーが調べ、新堂が考えてギロアと実行する。
 新堂が法医学に転学したのは、殺し方や警察機関側の捜査を学ぶためだった。
 『殺し』と思わせない『死に方』を装うため。

「今回は相手が悪くて多すぎる。時間をかければ可能だが、時間も無い。最良を考えると犠牲はあって当然だ。スノーは分かってるだろ?」
「……それだけ、ソウが好きって事?」 

 新堂はこたえなかったが、スノーは分かっていた。
 車が港のそばに着くまで静かに黙り込んでいた。窓から見える景色が明るくなり始めた頃、ターナーの携帯に連絡が入り、スノーは窓に映った新堂が銃の装填を終わらせる姿をじっと見つめた。









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