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 ギロアからの連絡を待つ間、新堂とスノーは古いモーテルでジズ・ウィンレンスについて調べ続けていた。
 ジズの上の大きな組織を潰すのは骨が折れそうだと、ふたり揃ってギロアを気の毒に思いながら、一度パソコンを閉じる。

「スノーは天才だな」
「レンがいなきゃ……俺だけじゃ何も出来ないもん……いつもゴメンね」

 スノーが少し寂しそうに笑ったが新堂は僅かに微笑み、ベッドへ仰向けに寝転んだ。時計は午前3時を少し過ぎている。

「ソウが心配だよね……本当に」
「あいつは大丈夫。強いからな」

 新堂は自分を真っ直ぐに見つめてくる想の様子を思い返すように目を閉じた。
 崩れ落ちそうな細い背中をそっと支えてやれば、ちゃんと前を向ける。周りの優しさに気持ちを返したいという姿勢や必死に問題に立ち向かう姿が、愛おしい。なにより、自分に向けられる純粋な眼差しと伸ばされる腕は最高に心地よく、癒される。
 目を閉じ、考え込んでしまった新堂の頭を、スノーは優しく撫でた。
 新堂は微かに口元を緩め、目を開けてスノーの背中に触れた。

「スノー、少し寝ろ」

 新堂はスノーの頭を引き寄せてベッドに埋もれさせると、シーツを被せた。
 ベッドから立ち上がった新堂にスノーは声をかけたが、彼は聞こえないふりで部屋を出て行った。唇を尖らせてスノーは枕の縫い目を数え始める。

「寝れないよー……」

 ため息を零してスノーは新堂の上着を拾うと、それを丸めて抱き抱えるようにして目を閉じた。アリスの姿が頭の中を掠めて、スノーは涙が出そうになるのを耐えながらひたすら目を閉じて寝ることを考えた。









 想は歯を食いしばって木箱の角で縄を切ろうと摩擦を続けていた。腕まで拘束されている為、手は殆ど動かせない状態がもどかしい。

『むりかも』

 化学繊維の縄を刃物でもない物で切ることなど始めから出来ないと分かっているだろう、とどこかで自分の声がして想は落ち込んだ。
 逆に自身の手が傷付いていて、グレーの長袖シャツが擦り傷の僅かな出血で汚れていた。
 想は木箱に座り、ただ床を眺める。
 新堂には来て欲しいと思っていなかった。ヘイラルの言うとおり、新堂が来て、取引をしたとしても想は刻まれるだろう。
 だとすれば取引は新堂にとって不利益であり、危険でもあった。

「ソー」

 ぼんやりしていて、人が入ってきたことにさえ気が付かなかった想は、名前を呼ばれて声のした方を微かに見た。
 一瞬誰か分からなかったが、アリスだった。長い赤毛は茶色の短いものに変わっていて、ラフなパンツにシャツとパーカーを羽織っている。線の細い『男』のアリスだ。
 想は興味なさそうに視線を床に戻したが、アリスが屈んで想の視界に入ると想は仕方なく唇を動かした。

『なに』
「……ヘイラルだな。あのクソ野郎」 

 アリスは舌打ちすると、パーカーの袖で想の顔を拭ってやる。
 始めは抵抗した想も、なかなか止めないアリスに負けて大人しくしていた。

「スノーに会った?」

 髪を丁寧に拭きながら小さな声でアリスは言った。
 想は、アリスがスノーも騙していたと悟って怒りの視線を向けた。すごくいい人そうなスノーの連れはアリスだったに違いない。
 想の視線から、アリスは二人に接点があると理解した。想がスノーの気持ちを考えていることも。

「スノーが帰ってこなかったからバレたんだなって思った。……最初はスノーを人質にする予定だった。けど、ヘイラルはソーになんだか恨みがあるみたいだな」

 アリスは微かに笑って汚れたパーカーを脱いで箱の上へ放った。

「こっちも用事が済めば、俺がなんとか逃がすから…スノーに謝っておいてくれない?」
『いやだ』

 アリスの人任せな言い方に、想が首を横に振るとアリスは何も言わずに眉尻を下げた。
 しばらくお互い沈黙していたが、アリスは箱に座っていた想を引っ張った。そのままベルトを掴んで無理やり歩かされるが、想は特に抵抗もなくアリスについて行く。

「ここから出すよ。ヘイラルが来るし」

 出来れば二度とヘイラルに会いたくない想は仕方なくアリスの提案に頷いた。
 アリスに連れられてそこを出ると、すぐに階段があり登らされた。
 先の扉をアリスが開けると、まだ暗い時間だが月明かりが水面に返ってキレイな明るさがある。
 強い海風が想の身体を撫でた。

『きれい』

 船上だった。外の風も束の間、すぐに扉があり中に入ると、廊下の脇に何部屋かあるようで、ドアが見える。
 普通の部屋のようなドアから漏れる音は、罵声や嬌声、悲鳴や嗚咽だった。ドアの小さな窓にあったものは若い女の子が男に乱暴に性行されているところで、想は渾身の悪態を一人呟いた。

「俺の部屋はちょっとウザいけど、ヘイラルは来ないから」

 一室のドアを開けたアリスが狭い室内へ促すと、中には幼い子供が六人ほど、隅に固まって怯えた表情で此方を見ている。

「大丈夫、この大きい人もみんなの仲間だから。ちょっとあっちの隅を貸してやって」

 アリスが優しく声をかけると怯えは興味の視線に変わった。アリスに腕の縄を切られ、想が驚くと彼は鼻で笑った。 

「手首のは解かないから安心して」

 嫌味なひと言に想は眉根を寄せた。 少し表情が現れた想にアリスは小さく息を吐いて耳に囁いた。

「ここから出るな。あの子供たちにも触るな」

 じゃあ……と出て行くアリスをぼう然と見ていた想に、子供たちが駆け寄ってくる。

「助けに来て捕まったの?」
「なに人?」
「うわ、変なにおいっ!」

 もみくちゃにされて、想は内心で悲鳴を上げたが、反応の無さに一人が呟いた。

「声、出ないの?」
「喉を怪我したら声出ないってテレビで見た!」

 解放されたいがために何度も頷くと、次は同情の視線に晒されることとなり、想は投げやりに微笑んだ。
 その顔に子供たちは一瞬固まり、次はめそめそと泣き始める。

「お兄ちゃんは僕たちに痛いことしなさそう」
「怖いことも言わないね」

 身を寄せてくる姿は、親や大人を頼っている様に見える。想は壁ずたいに腰を下ろすと、子供たちが泣きやむまで好きなようにさせてやることにした。







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