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※少し残虐表現有り。苦手な方は次ページへ。飛ばしても問題ないです。
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三年程前。若林にも新堂にも秘密で、北川に連れられて香港で開かれた見世物に出された。金持ちたちはガラス張りの箱の外に優雅に座って大金を掛けている。
想は、その15畳程の箱の中一つの角にいた。手を握りしめて誰とも視線を会わせたくなくて、俯いても震えてしまうほど怖かった。
想のいる角の対角に居るのはヘイラルだった。慣れた様子でタバコを吸ったり、ナイフを器用に遊んでいる。
二人の間、箱の中心にはアラビア系の中年男が椅子に縛られていた。
「ボクちゃん、大丈夫か?そろそろ刺さないと時間切れだぜ」
アラビア系の男の足元にあるデジタル式のタイマーは残り20秒を指し、すぐに1秒減った。
想は角に描かれた1メートル四方の四角から足早に出ると、タイマーの上に置かれた小さく細いナイフを男の太股へ動脈を避けて刺した。
男が叫んだが、猿轡をされているため虚しい呻きになっている。
想は男を見れずにコーナーへ戻った。残り数秒だったが、カウントが180秒に戻る。
アラビア系の男には既に15本以上ナイフが突き刺さっていた。
「やあっと俺の番か。さてさて、獲物くん?長い三分のはじまりはじまりぃ」
ヘイラルはタイマーの上からナイフを取ると、腕や足に滑らせて切り傷を作る。痛みに男が身体を強ばらせるが、ヘイラルは可笑しそうに笑って時間ギリギリまでそれを楽しむと、最後は肩にナイフを突き立ててコーナーへ戻った。
タイマーが180秒に戻り、想の番がやってくる。
「……いやだ……」
小さく呟いて客席に北川を探すが、ライトでよく見えない。
客たちは殆どがヘイラルに大金を掛けているようで、想の番には茶化すような野次が飛んでくる。
客は、想かヘイラル、どちらが男の息の根を止めるか掛けていた。殺してしまった方が負け。自分のコーナーに戻るまでが己の時間だった。三分以内に一本ナイフを刺す。
男につけられた心音計を止めた方が敗者だ。
想がタイマーの上からナイフを取ると、男が想に訴えてくる。『たすけてくれ』と、目が訴えてきて、想は俯いた。
唸るような声に、想が目を閉じると男の声が『殺してくれ』と聞こえくる。見世物にされて長い痛みと恐怖はそうさせてもおかしくない。
想はナイフを緩く握り、男を見つめる。数秒間、男と視線が交わり想の震えは自然と止まった。静かに涙を流す男が微かに口元を緩めて目を瞑るのを確認し、想は耳元に小さく囁いた。
優しく。
「少し上体を倒して、そのまま」
責問役として学んだ『致命傷にはならないが苦痛を与える場所』を避けて、ナイフを二度、腹へ刺した。一度目は致命傷になる場所に深く。それを誤魔化すために二度目は適当だ。
血液がゆっくりと流れ出し、男は一度咽せた。
微かに目元が緩み、想と男の視線が絡む。
目をそらし、ゆっくりとした足取りで自分のコーナへ戻った想は心の中でカウントを続けた。
ヘイラルの時間に男が死ぬ事を願って、想は数字を数え続けた。
ヘイラルは男がゆっくり死に向かっている事を知らず、ゆっくりも楽しむように傷をつけて弄ぶ。時間ギリギリまでそうして、最後は肩へとナイフを突き刺した。
だが、男は大した反応を示さない。
ヘイラルは心音計を見たが、それは動いている。だが、男は気を失っていた。
「!!」
ヘイラルは弱まる心音を見て当てて自分のコーナーへ戻った。想が致命傷を与えた事を察した。
想は微かに口元に笑みを作り、対角のヘイラルを見据えた。
想のカウントが始まったが、すぐに男の心音が止まった。最後にナイフを刺したのはヘイラルだ。アラビア系の男を殺したのはヘイラルだと判定される。
「っ……反則だろ!!!」
想が聞いたヘイラルの最後の言葉はそれで、客席のどよめきと罵声を全身に浴びながら想は主催者の部下に腕を引かれて箱から出された。
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