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 ホテルから離れる車の中でスノーは震える手を叱咤して新堂の脇腹にガーゼを貼った。銃傷による掠り傷程度だったが、シャツには血が滲んでいる。

「ビビってるならやらなくていい。このくらいほっといても大丈夫だ」
「ダメダメダメ!絶対ダメ!」

 消毒用のエタノールを放り投げ、テープでガーゼを止めたあと、スノーは大きく息吐いて目を閉じた。次第に歪む顔に新堂がタオルを押し付ける。

「泣くな。想は取引材料だからすぐにどうこうされない」

 自分自身にも言い聞かせながら、ジズ・ウィンレンスの事を調べていた。
 スノーの啜り泣きはしばらく続いたが、なんとか気持ちを落ち着かせたようで、目を擦って顔を上げた。

「レン、ナイフ貸して」

 新堂は一瞬眉を寄せたが、腰から取り出したナイフをスノーに手渡した。
 スノーはズボンの裾を上げると足首にある追跡装置を切り外しはじめた。政府機関や企業へのハッキングで罪に問われたが、足枷での監視と電子機器に触らないなどの条件で、一応の自由を得ている身。条件を破れば、友人で政府の捜査官であるギロアの責任になる。

「……ギロアが飛んでくるぞ」

 大胆なスノーの行動に珍しく驚きを隠せない新堂が慎重な声で呟いた。打って変わって開き直ったように明るいスノーは、唇を舐めるとパーカーの袖を捲って指をひらひらと動かした。

「よーしっ!来るまでにアリスの悪さの証拠をまとめておけば、ギロアも想を助けてくれるよな?」

 スノーはもう一台ノートパソコンを取り出すと、新堂の使用していた携帯と繋いで常人には理解できない速さで画面の数列や文字列を一台で整理し、もう一台で作業を始めた。
 新堂は仕事をスノーに譲って、鎮痛剤を口へ入れた。運転席のシートを倒して横になると、暗い車内の天井を睨んだ。
 想の居場所の見当は付いていた。足がつきにくく、移動もし易い場所。ジズは子供を売っている。誘拐、監禁、未成年の売春などいくらでも現行犯で逮捕できる理由を作れそうだ。
 しかし、ジズ本人がそこに居てくれなければ捕まえることが出来ないだろう。新堂の思考に、助手席で作業をしているスノーの弱々しい呟きが割り込む。新堂は慰めようか迷ったが、様々な感情を止めるように目を閉じた。そっとしておいてやろうと決めて。

「アリス…ひどいよ」

 一瞬、アリスの男性写真が表示されてスノーが息を詰めた。好きだったのに、とスノーは悲しげに微笑みジズ・ウィンレンスに雇われていた情報収集屋のアリスの写真を消した。









 ゴウンゴウンと腹に響く換気の音に想は惰眠からゆっくりと覚醒し始めた。
 身体を動かそうとしたが、二の腕は胴に密着するようにロープで縛られ、後ろ手に同じく縛られた手首のロープがそれと繋がっているようであまり動かせなかった。
 身体も異常に重く筋肉痛のような状態に想は小さくため息をしてふらつきながら立ち上がった。
 銃声を最後に聞いていた。想は新堂が撃たれていないか、怖くなって目をきつく瞑る。ホテルを欲しがっているような会話から、自分は取引のだしに使われるのだろうと、想は目を瞑ったまま歯を食いしばった。
 ふと、アリスが脳裏をよぎって目を開く。
 想は後悔が身体中を巡って、胸が重くなった。警戒なんて微塵もしていなかった。か弱い女性だと思い込んで。
 想は倉庫のような場所を進んで扉を見つけ、驚いた。固く閉ざされていそうな扉は鉄製で、ハンドルが付いている。

『どこ』

 溜め息と共に冷たい壁に身体を預けて扉を眺める。船や飛行機だとしたら逃げられないかもしれないと覚悟する。
 想が俯いて重い身体を支える事を諦めて座り込んだと同時に扉のハンドルがカラカラと回りだした。
 誰かが開ける。
 想はキッと扉を睨み、歯を食いしばって立ち上がると扉の脇に移動した。開いた瞬間が勝負だ、と臨戦態勢にはいったが、扉は僅かしか開かない。人も入ってこない。
 代わりに隙間から覗いたのはサブマシンガンだった。

「おいおい、離れろって意味だぜ。それとも撃たれてもいいってか?」

 銃を見ても退く気配のない想に声の主が低く笑う。更に少し開いた扉の隙間から物騒な銃身が現れ、健康的な腕、そして口端を上げて笑っているヘイラルが入ってきた。
 銃口を想の腹に押し付けたまま中に入ると扉を後ろ手に閉めて、一息吐く。すると突然ヘイラルは想に掴みかかって壁に押し付けた。背中と縛られた腕を強かに打ち付けた想が息を詰め、小さく咳いた。

「会いたかったぜジャップ!」

 新堂と自分を脅しに来た男に、想は睨み付けて反抗を示した。なぜ、自分の事を知っているように言うのか。
 ふと、想はヘイラルと自分の間に人の面影を見た。実際に居るのではなく、記憶の中のような感覚で、想はヘイラルから視線を逸らした。
 ヘイラルを思い出して、足の先からじわじわと恐怖が這い上がってくる。

「あぁっ?どうした?ビビったか?」

 銃身で気道を圧迫されて苦しいが、それ以上に背中に潰されている腕が痛い。
 想の抵抗がないことにヘイラルは鼻で笑って、圧迫を解いた。
 小さく咽せながら、横向きに壁にうつかる。

「お前を同じ目に合わせてやりてぇが、一応ボスの命令もあって傷はつけらんねぇんだ」

 想は『じゃあ優しくしてよ』と内心で呟いたが、ヘイラルは壁にもたれている想を引きずり倒した。

「ボスは若い女や男を売ってる。子どももな。見た目が悪けりゃ、中身を有効活用する。かなりいい商売だぜぇ?人間みたいな食えない動物も、臓器は役に立つからな」

 信じられない事を楽しそうにペラペラと話すヘイラルの顔面に、想は頭突きした。
 油断していたヘイラルはそれをモロに受けたが、ふらついた後、怒りを声にしながら想の頬を殴った。
 痛みに顔を歪める想の腹に跨がり、歯を見せて見下すように笑った。

「っ、この、クソガキ!……俺は男に突っ込む趣味じゃねぇ。けど、口は女も男もどいつも同じだろ?」

 ガッと乱暴に顎を捕まれた想が眉を寄せ、歯を食いしばって唇を引き結ぶ。
 ヘイラルはそんな様子を馬鹿にして笑うと、両手で想の顔を掴んで顎を外した。
 鈍い音が骨を伝わって耳に響き、痛みに身体が強張る。微かに涙が滲んだ。

「ーーーーーッ!!」
「へぇ、声が出ないってマジなんだ?痛ぇだろ??くくっ……好都合だね。お前は噛み付いて来そうだし、男の声なんて聞いたら萎えちまう。でも、最高に良い眺めだぜ」

 ヘイラルは半ば動けない想の頭を床に押し付けたまま無理やり口へペニスをねじ込んだ。興奮している様子で、すでに完全に勃起している。
 想は足をばたつかせ、首を振ったが押さえつけられて叶わない。必死に足や腰を捩っても、背後の縛られた手が邪魔をしていた。

「屈辱的だろ?あ……もしかしてジャパニーズマフィアのミスターキタガワのもしゃぶってた?可愛い顔してるもんなぁ!ハハハ!」

 乱暴に突き込まれるペニスに吐き気を耐えながら眉根を寄せて早く終わることを考えた。
 このくらいどうという事はない。
 新堂以外に触れるのも触れられるのもゴメンだったが、想はか弱い女ではないし、このくらいで泣き言を漏らすほど可愛くもなかった。

「っう……汚してやるよ!」

 乱暴に腰を押し付けるヘイラルのペニスは苦しい程に奥へ入っている。腰が止まりヘイラルが達する瞬間、ペニスを口から引き抜いて想の顔へ掛けた。

「ふぅ……いいねぇ。サイコーだ」

 想は唾を吐き出しながら、嫌悪しか湧かない行為に冷めた目でヘイラルを見上げる。
 黒い大きな瞳に飲み込まれそうになる感覚を得て、ヘイラルはゾクッとしたものに口端を上げた。
 好きでもない人間の吐き出したモノがここまで気色悪いのだと実感して、想は鼻で笑った。外れた顎の所為で唾液は上手く飲み込めず、微かに動く舌を伸ばして馬鹿にしてみせる。
 ヘイラルにバシっと横っ面を叩かれ、痛みに息を詰める。

「可愛げがなくなったな!前は震えて下ばっかり見てたのに。……取引が終わったらお前の身体中にナイフで俺への謝罪の言葉を書いてやる。それからレアに焼いて家族に送りつけてやるからな!」

 悪趣味だと視線で非難したが、ヘイラルには通じず再び頭を捕まれ想は目を閉じた。食いしばれない事で少し痛みを想像してしまう。
 床へ打ち付けられると覚悟した想だが、ヘイラルは想の顎を強引にはめると乱暴に頭を放した。
 外れた時以上の痛みに想は呼吸を落ち着かせることで痛みを紛らわす。違和感はなくならないし、嫌な臭いはするし顔中が気持ち悪かった。
 ふるふると首を振ったが、効果はない。

「ボスも少しの悪さくらい見逃してくれるからな。今度は仲間も連れてきてやる。中にはケツが好きな野郎もいるぜぇ?期待してろよ」

 『じゃあな!』とニヤリと笑って出て行くヘイラルだったが、想はヘイラルを見ずに壁を見つめていた。ヘイラルのサディストさを想は知っていた。
 何年か前の記憶がゆっくりと想の脳裏に甦ってきた。








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