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 新堂はスノーに声を掛け、パーティー会場を出た。
 広い廊下に出ても未だにお皿を持ってケーキばかりを食べているスノーに呆れた顔を向けた。記憶力が抜群で、常に情報が残される脳に身体が糖分を欲していることは分かるが、限度というものがある。

「レン、スノー。来てくれて助かります。はい、これが私の所に現れた男の資料」
「ありがとう」
「グレイシア!」

 USBを新堂に渡したグレイシアにスノーは抱き付いた。落ちたケーキの皿が割れて廊下を汚すがグレイシアは気にした様子はない。

「スノーも元気そうですね。ミッシェルの葬儀に出てくれてありがとう……とは言っても式は明日ですが。明日は来ないほうがいいかもしれません。貿易担当のアッシュや売買担当のジェイクの元にも怪しい輩が来たんです」

 頸が隠れるくらいの長さのブルネットをさらりと耳にかけながらグレイシアはうんざりした様子で眉根を寄せた。連日の報道や問い合わせにくたくたになっていた。弁護士や調査員たち、全てが同じようにミッシェルの死に群がるハイエナ連中に翻弄されていた。

「……実はアッシュのもとに、取引に参入したがる話の通じない悪党から脅しが来ています。レン、なんとかしてくれるかしら?」
「ああ。すぐに手を打つ」
「嬉しい。今、周りは曖昧な答えばかりだから、そうやってはっきりしてくれるアナタが好きよ」

 グレイシアは新堂を軽く抱くと、頬にキスをして離れた。互いを見つめ、『頼りにしてるから』とグレイシアが囁く。

「資料は一緒に入ってます。偽名や身分詐称で詳しくわかりませんが、写真と接触歴は揃えました。スノーなら調べられるかも」
「出来ると思う……俺にも使えるPCがあればねぇ……」

 しゅんとして俯くスノーの頭に新堂は手を置いた。
 スノーが申し訳なさそうに新堂に視線をやると、口元に笑みを浮かべている彼がいる。スノーはなんとか気持ちを上げて、グレイシアの頬にキスをして指先で顎を擽る。スノーの愛情表現だ。
 グレイシアは知っているため、ただ微笑んで擽ったそうに目を細めた。

「気をつけてください。もしかしたらホテルも変えた方がいいかもしれないわ。アッシュはグレーな人付き合いもしているのはご存知ですよね?グレーな彼らは契約を守っていますが、彼らの以外……彼らの周りはお構いなしです」

 グレイシアは警察内部の仲間からの情報も新堂へ渡した。

「……ジズ・ウィンレンスの手下が『ホテルをいくつか買い取りたい』とアッシュの元に来そうです。アッシュはジズの一味の仕事を知っていたようで、追い返したみたいですが……」
「ジズ・ウィンレンス……?確か……主に中東での人身売買、ドラッグ、武器密売の手引きをしている組織のボスじゃないっけ?最近は落ちぶれ気味なんでしょ。正直ドラッグはギャングの方が上手く捌くし、武器も太いパイプを持ってないとね。所詮小物のくせにアメリカで立て直そうなんて突拍子過ぎないかなぁ。子供の誘拐にはすごーっく敏感だよ、この国は」

 身振り手振りを加えて話すスノーにグレイシアも新堂も頷いて、お互いに情報交換することを決めて警戒を強める。
 恩人ミッシェルの遺したものをよそ者であり人売りに渡せる訳がない。

「まぁ関わらないに越したことはないさ。早めにホテルは出て、観光して帰るよ。ありがとう。調べたら連絡するから。アッシュたちにもよろしく伝えてくれ」

 グレイシアの秘書がスノーの落としたお皿とケーキを片付け始めた。カーペットにはチョコレートの跡が残り、スノーは何度も謝りながら会場を後にして、新堂と車に乗り込んだ。
 新堂がグレイシアからの資料をパソコンで読み始め、スノーの隣に座ると画面を見せながら指示を仰ぐ。
 電子機器に触れないスノーの代わりに操作するつもりだ。
 渡された資料を開きながら、名前や場所のキーワードをSNSや他社のデータベースと照合していく。

「お前の速さは無理だからゆっくり頼む」
「うん……ごめんね。最初にプログラムを作るよ。色んな所に入り込んでも2分は足がつかないやつ。キッチリ2分置きに捨てて入れてってやれば足跡なし。プログラムが自動で新しいプログラムを組むからこっちは入力すればいいだけ」
「楽に言うな」

 簡単に言うスノーに大きな溜め息を吐いて新堂か言われた通りに打ち込み始める。
 スノーには欠伸がでる作業も他の者には集中力が必要だった。
 スノーは新堂に指示をしながら、グレイシアの持ってきた資料の中から写真を見つけてそれを指差す。
 新堂はキーボードを叩きながら写真のフォルダを開いた。若い男の写真が何枚か。グレイシアに近づいた者と思われた。
 スノーの指示が止まり、新堂が肘で横腹を小突く。

「おい、スノー。次は?」
「……アリスにそっくりだ……」

 スノーが茫然としたまま画面に釘付けになっている様子から、新堂は余程似ているのかと写真を一瞥した。

「アリスは女なんだろ」
「たぶん……」

 さてはまだ寝ていないな、と新堂が隣のスノーを見る。未だ画面に釘付けのスノーは口元を押さえて難しい顔で黙り込んだ。
 スノーは性的に興味がない。あるのは数字や言葉。もちろんセックスは経験済みだったが、スノーにとってはそれほど意味のある行為ではなかった。故に、アリスの性別も定かではない。

「……俺が確認するからもう見るな」

 新堂がフォルダを閉じて作業を再開する。
 スノーは不安を隠すように静かに新堂の隣に座ったまま彼の肩にしがみついていた。
 
「宿泊先まで急ぎで向かってくれ」

 新堂は作業を続けながら運転手に告げた。
 隣で黙り込むスノーの様子に、悪い予感が足元から這い上がるのを感じた。










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