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 軽装可。ビーチからもシャツや羽織を着用すれば入ることが許されているテラスのレストランでアリスは想のグラスに炭酸水を注いだ。生ハムのサラダをつついていた想がお礼に微笑んだ。
 人は疎らで想たちの他は三組ほどだけ。

「ふーん、じゃあすぐ帰っちゃうんだね。寂しいなぁ。ソーは仕事を手伝ったりしてないの?」
『していない』

 『難しい』と上質なペーパーナフキンにペンを走らせる。それと想の顔を交互に見ながらアリスがくすくす笑う。

『ありす』
「わたし?わたしの仕事?……斡旋かな……仕事を紹介したり」

 『安い仕事よ……』と唇を尖らせるアリスが食事の邪魔だと言うように髪を後ろでまとめ上げた。
 想のサラダを一緒につつき、スモークベーコンを一口に切って口へ入れる。しばらくアリスの話を聞き、ゆっくりと食事をしていた時、着信が鳴ってアリスが席を立った。

「わっ、ちょっとごめん!上司だ」

 想を気にして謝りながら店の入り口付近へ移動するアリスを見送り、想は小ぶりの骨付きチキンを摘んだ。
 ちらりと自身の携帯電話を見たが、新堂からの返信はないようだった。忙しいと分かっている想は全く気にした様子はなく、二つ目のチキンに手を伸ばす。

『おいし』
「ソー、これから仕事しなくちゃいけなくなっちゃって、お先に失礼するね。払っておくからゆっくり食べてよ」

 想は『支払いはいいから仕事頑張って』と書いて見せた。
 アリスは頷いて優しく笑うと小走りでレストランを出て行く。
 細くて高いヒールで上手く走るなぁと感心しながらアリスを見送った想は、残った料理にフォークを向けた。









 アリスは息を落ち着かせてホテルのロビーにあるソファに座って鞄から手鏡を出すと前髪を整えた。
 数秒して背向かいのソファに左サイドを剃り上げた若い男が座り、アリスに視線はやらずに携帯電話をいじりながら声をかけた。

「で、いけそうか?」
「無理だな。仕事には関わってないそうだ。ソーから登記識別情報類を手に入れるのは不可能。権利証があってもホテルは手に入らないだろ?上手く行くのか」
「手に入れたらこっちも上手くやれる奴はいるんだよ。それで、ソーって?」
「名前。こいつが日系のシンドウレンの連れみたい。悪い奴じゃないし俺に色目も使わないから話しやすくてさ。可哀想なことにならないようで安心した」

 アリスは先程と打って変わった『本来』の話し方で男に携帯電話でこっそり撮影した想の写真を見せた。
 アリスはものよりの体格を活かした変装を好み
女装しているだけで、中身はごく普通の情報屋をしている男だった。アリスが見せた携帯電話を引っ込めようとした瞬間、手を捕まれれアリス驚いたように振り返った。 

「ヘイラル……?」

 ヘイラルと呼ばれた男はなんとも言えない表情で携帯電話の写真を睨んでいる。
「キモイっつの。離せ」
「コイツ……!そのクソジャップがシンドウの連れだったのか!?」

 声を荒げるヘイラルをアリスが睨むと、彼は押し黙ったが怒りに満ちていた。

「なんだ、知り合い?」
「三年前にボスに頼まれてグリードの裏賭場に出た……そいつに負けて……っ!俺はボスに『ママ!ファックして!』てタトゥーを入れさせられたんだぞ!ビーチでナンパも出来やしねぇ!」

 『ああ、胸の?』とバカにしてアリスは笑った。
 小声で言い合いながら、アリスは想がなぜヘイラルと勝負したのか引っかかっていた。
 グリードの裏賭場には一般客は入れないし獲物として出たのなら死んでいるはずだ。裏賭場は人の『生死』に金を賭ける。金持ちは刺激も欲望も簡単に満たせるため、エスカレートすると自身の手は汚さず人の死を弄ぶ。遊びだ。
 肉食獣と何分同じ檻に居て生きていられるか。他人同士が殺し合い、生き残るのは誰か。獲物を金持ちのリクエスト通りに痛めつけたり、金持ち同士のペットを競わせたり、様々な趣向で金持ちを満足させ、大きな金を動かす。人身売買や武器のバイヤーもしていた。
 グリードは闇商では名の知れた男で、アリスやヘイラルのボスも世話になっている男だった。

「ふん……ま、何にしても明後日には帰るみたいだから、もしもスノーやシンドウが色々隠しているなら急がないとボスにまたタトゥー彫られるよ」

 アリスの馬鹿にしたような態度に、ヘイラルは鋭く睨みつけた。

「お前がスノー・カザンスからちっとも情報を得られねぇからだろうが!ちっ……!別に今まで通りに人売りしてりゃいいのに。高級ホテルで金持ち相手って……上手く行くかよ」

 ヘイラルは悪態をつきながら立ち上がって電話で報告を始める。
 ホテルの外へ消えて行くヘイラルを見送ってアリスはホテルの部屋へ戻った。

「スノーはまだ帰っていないのか……」

 部屋の照明を点けると、上質な雰囲気の部屋が途端に現れる。アリスは部屋の奥のソファに身を沈め、大きなため息を吐いた。
 主に人身売買や臓器売買、武器の密輸を行うジズ・ウィンレンスに雇われて半年。いくつかのホテルを手に入れるためにスノー・カザンスに近づいた。彼は高級ホテルやリゾートを持つミッシェル・リリックの養子のひとりで、アリスにとって一番近づきやすそうな男だった。
 だが、彼は頭はいいが少し変だった。子どものような心で、お菓子ばかり食べる。ミッシェルの仕事に関してもあまり関わりが無さそうだった。
 ハズレを引いたと思ったが、逆にホッとしている事にアリスは少し驚いていた。
 情報のためにどんな悪人を騙しても、いけ好かない金持ちを騙しても、ナンパな薬好きを騙しても痛まない心だが、スノーはどこか幼さを感じるほど好き嫌いがあり、感情を分かりやすく示す。アリス自身が好かれている事も純粋に分かる。
 頭のどこか奥が痛みを感じてアリスは額を押さえた。
 ふと、アリスの手の中の携帯電話が震えた。届いたメッセージを見て、彼は益々頭を抱えた。

 "ソウを拉致する。人質としてホテルと交換だ"

 ヘイラルの嫌な笑みが浮かび、アリスは携帯電話を片手に深くどうしようもないため息を吐き出した。






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