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「スノー、お前の連れは大丈夫なんだろうな」
「ちょっとちょっとー、ソウとの付き合いは長いようだけど俺だってアリスのことは調べたんだからね」

 リムジンでの移動中、新堂は新聞を広げながらスノーの話に頷く。スノーはシャンパングラスを指先で遊びながら唇を尖らせた。

「俺がPCの類は触るの禁止だって知ってるだろ?て言うか、足枷のお陰で通信機器は使えないんだから。こっそり調べるのしんどいんだからね。ギロアに殴られちゃうよ」

 スノーはもうひとり、仲の良い友人ケイナン・ギロアフラムという男の名を口にした。彼は政府の捜査官で、スノーを監視している。
 スノーはズボンの裾を上げると足首にある装置を見た。
 簡単に外すことは出来るが、外した瞬間それは管理者へ通報されるものだ。
 スノーの場合は厳重施設内へのハッキングや情報改ざんを繰り返した為、要注意人物として着けられているものだった。特殊な電磁波により触れた機械類が狂ってしまう。近くにいる分には問題なかったが、触れない。
 厳重監視と電子機器に触れないと言う条件で、決められた州への移動が許されるくらいの自由だった。

「ギロアはひとり不自由な場所で働いている。スノーは守られているんだぞ」
「逆に一番ギロアは自由でしょ……政府の捜査官なんだから俺達みたいにコソコソしなんでいいしさぁ。俺、飛行機も電車も乗れないんだよ。車だってオールドカー限定って決まってるし」

 新堂の小さなため息とスノーのいじけたため息が同時に漏れた。
 新聞を畳んでそれをスノーの膝へ放る。
 不振な顔で新聞に視線を落としたスノーが慌てて新聞を掴んだ。
 ミッシェルの死が書かれている。記者は面白おかしく記事を書くが、亡き人に送るには辛辣な言葉が見受けられた。
 スノーが眉を寄せて乱暴に新聞を叩き捨てた。

「こんなクズみたいな記事書いてムカつく!ミッシェルを侮辱する言葉は赦せない!なんにも知らないくせに!!」
「不評を煽りに手を出してくる奴らがたくさんいる。気をつけろよ。グレイシアの所には来たそうだ」

 新堂は遠回しにアリスを疑って見せた。

「けどっ……アリスを明日紹介させてよ。レンも会ってみたら分かるから!な?四ヶ月前に出会ったんだよ」
「ああ。分かったよ。……想に優しくしてくれてありがとう。俺の友達に会えるって楽しみにしていたんだ」

 アリスを明日の食事に招待する事を承諾し、礼をする新堂にスノーは抱き付いた。

「こっちこそありがとう!ソウもいるし楽しみだね!」

 同じ歳とは思えないほど子供のように喜びを表すスノーの背中を撫でた。この不思議な性格のせいで苦労をしてきた事を知る新堂はどうしてもスノーに甘くなってしまう自分に呆れて目を閉じた。
 数秒の抱擁の後、スノーは隣に座ってアリスとの出会いを楽しげに話し始めた。









 想は海風を感じられるプールでひと泳ぎしたあと、プールに足だけ入れたままプールサイドに寝て夜空を眺めながら音楽を聴いていた。
 あまり星は見えないが周りのネオンは綺麗で、不思議な感じがしていた。
 少し幼かった頃は家族で別荘のビーチへよく行っていた。ビーチの夜は星も海も綺麗でブランケットの上で難しい顔をしてパソコンを使う父親に、春と一緒に海水をぶっかけて凄く怒られた記憶が甦る。ゆっくりと目を瞑れば、母親が凄く誉めてくれた事も思い出す。
 家族の思い出に、想は口元に笑みを浮かべた。

『はらへったな』

 考え事ばかりしていて眠りそうだった想は適当に夕食をとるためにイヤホンを外して立ち上がろうとした。
 立ち上がり際に人にぶつかったが、想の方がよろめくことはなく、ふらつく人影を見て慌てて手を取る。すると細身の女性が驚いた様子で想を見た。

『すみません』

 想が慌てて謝り、転ぶことはなかったものの女性の落とした小さなバッグを拾って手渡した。

「驚いた!……あなたは大丈夫だった?」

 大きく頷いて見せたが、女性は声を立てて笑い、想は数回まばたきをくりかえす。

「うん、て。子供みたい」

 まだ笑っている女性に身振りで声が出ないことを示すと、女性は申し訳無さそうに謝った。
 二十代頃で凛々しい顔立ち、背中までの赤毛に長いワンピースを風に揺らして女性は、想の手を取り歩き出す。想があわあわと携帯電話とイヤホンを防水のボディバッグにしまいながら付いていく。
 プールを出ようとする所で想が足を止めた。
 想が止まれば引っ張られるのは逆に彼女の方だ。

「どうしたの?外で一緒に食事しようよ。せっかく助けて貰ったしお礼させて」

 想は首を横に振って手を離そうとしたが、意外と強い握力に戸惑いながら女性を見ることしか出来ずにいた。

「あー……親に言われてるの?知らない人について行っちゃダメって?若そうだけど、結構鍛えた身体してるよね。ティーンエイジャー?アメリカ人?」

 『悪い奴もいるから気をつけろ』と諭す新堂を思い浮かべた想が苦笑いしていると、女性はプールサイドの店からシャツを取り部屋番号を告げ、それを想に押し付けた。男物だが、白い生地に小さなピンクの花柄というデザインに想は眉根を寄せた。だが、女性は想の腕を再び引っ張り出した。

「わたしはアリス。アリス・ボスコニー。連れは出掛けてて退屈だから食事くらいいいじゃない。ブランドのシャツあげたでしょ。似合うと思うよー?」

 はっとして想がシャツを見た。想の水着に含まれていた水分で少し湿っている。想は諦めたように目を瞑り小さく溜め息をついた。
 それを見たアリスが、『ふふっ』と笑う。

「ねぇ、キミ名前は?」

 満足そうに笑ったアリスが手のひらを差し出す。『指で書いて!』と示されて、想はアルファベットで名前を書いた。

「ソー?ノコギリ?変な名前ね」
『じゃぱにーず』

 加えてそう書くとアリスは驚いて何も言わなくなった。おどけたまま頷くだけして、手を握った。

「よろしくソー!日本て素敵だよね。一度行ったことあるけど驚くことばっかりだった」
『まって』

 先に進むアリスを止めて、想は新堂へメッセージを送る。
 その様子をアリスは微かに目を細めて観察するように眺めた。













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