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『すごい』

 フロリダの海岸沿いのロイヤルスイートの一室で想が目を輝かせた。
 部屋は悠に新堂の部屋の何倍もあり、家具から何まで全て一流だ。ベッドも大きく、想は一直線にダイブした。

「スーツだけでも脱げよ。皺になるぞ」

 新堂の笑い声を聞きながら、上着を脱いでネクタイを緩めた想は大の字になり天井を見る。キレイで落ち着いた照明と壁紙。窓からの風が心地良く、目を閉じた。

『うみ さいこう』

 リラックスしていた想の隣に新堂が来て緩んだネクタイをそっと外す。
 想は目を閉じてじっとしていた。
 上からワイシャツのボタンを外し、首筋に唇を感じた想は身体を反転させて新堂の上に乗った。

『よてい』
「ん……そうだった。明日の昼前に葬儀だ。今夜は食事。想はどうする?退屈極まりない集まりだからな……」
『ここ』

 想が新堂の腰に跨がったままスーツを引き寄せ、リーフレットを取り出しホテルサービスを見せた。
 夜でもプール、スパ、食事やお酒はもちろん、合法カジノのような遊び場、クルージング等々様々な娯楽があった。

「まぁ退屈はしないか」

 好奇心丸出しの想を小さく笑って頬を撫でた。
 想がその手を取って身体を倒し、唇を重ねる。薄く開いた唇をどちらとも無く舐め、ゆっくり舌を這わせて深く求めるようにキスをかえた。
 新堂の舌にペースを取られて、想が息を上げて唇を離す。

「時間が欲しいな……」

 こくんと頷いて再び唇を重ねようとした想がピタッと止まる。新堂も気配の方へ視線をやった。

「お熱いことでぇ。悪いけど迎えにきたよ。マスターキーって便利だねぇ」
「……スノー……」

 部屋の入り口にタキシードで決めた細身の男が笑顔で立っていた。少し長めのブロンドはセンターで分けられ綺麗な青灰色の瞳は優しく垂れ気味で、少し気弱そうに見せた。
 想は赤くなり慌てて上から退いて新堂の手を引いた。起き上がってベッドに座った新堂が盛大にため息して男を呆れた顔で見る。

「想、あいつはスノー・カザンス。俺の悪友みたいなもの。バカで天才」
「初めまして、ソウ?おもしろい名前だね。どんな字なの?あ、英語分かる?ニホンゴノホウガイイ?」

 あわあわと書く物を探し始めた想にスノーは首を傾げて変なの、と言った。新堂が小さく笑って立ち上がり、シャツを脱いでスーツケースから新しい物を取り出した。

「想は今、声が出ない。語学が堪能だから英語で大丈夫だ。お前の日本語は下手くそだしな」
「あらま……ごめんねぇ」

 スノーは用意されていたタキシードを新堂に渡して、床に置いてある鞄を探っていた想の方に近付くと、膝を折って手を差し出した。

「よろしく。俺が勝手に話すから『イエスかノー』でいいよソウもお偉いさんの集まりに行く?」
『いかない』
「そかそか。レンを借りるね。俺は機械には天才だけど、対人の臨機応変が苦手でさ……レンって人当たり良くて頼れるじゃん?……悪知恵スゴいし」

 スノーが最後をこそこそ話す姿に想は笑った。新堂は聞こえている様子で、鼻で笑いながら姿見で後ろをチェックしている。

「部屋で時間潰すの?」
『あそぶ』

 首を横に振ってベランダを指差す。
 下は屋外プールがあり、夜はネオンが美しい。まばらに人がいるが、広々としているので人目も気にならなそうだった。

「プールか。……もし嫌じゃなかったら……俺の恋人も連れてってくれない?部屋でくすぶってるんだ」
「スノー。却下だ」
「けち!ケーチ!レンケチ!」

 頷いた想と逆に、即却下した新堂にスノーはベロを出して子供のように悪態を付いた。
 想は嫌ではなかったが、相手はどうか分からない。想は声が出ないためコミュニケーションがとりにくい。想が困った顔でいるとスノーは立ち上がって諦めたように微笑み、想の顎を指先でくすぐった。
 突然の事に想は驚いて固まる。
 新堂が呆れて枕を投げ、それをスノーは顔で受け止めた。

「触るな」
「ひどい……だって素直で可愛いんだもん。気に入ったし!タバコなし、香水無し、目立った装飾品の跡も無し、真っ直ぐ俺を見る目がくりくり……けど、暴れん坊かな?」

 はだけたシャツから覗く脇腹の痣を指差す。一昨日、いつものトレーニング中に島津を挑発したお返しに頂いた一撃の痕だった。想が苦笑いしてシャツの前を閉じる。

「想、連絡手段は肌身はなすな。観光客と思ってよくない輩が寄って来てもおかしくない。ここはミッシェルのホテルだが、俺は客までは知らないからな」
「そそ、俺たちは所有権があるだけ。悪い虫が狙ってても、まさか部外者くらい遠い俺たちの持ち物とは思わないでしょ。経営はミッシェルの養子たちが上手にやってくれてるし、内緒で稼いだお金をホテルに注ぎ込んであげてるの。豪遊して代金は部屋に付けといていいからねぇ」

 あまり仕事に首を突っ込まない想は、適当に受け流して二人を見送るために上着を羽織る。
 新堂が名残惜しげに想の頬に触れた。

「バタバタしてて悪いな。明日はゆっくりしよう。行きたい場所、やりたいことを探しておけよ」

 新堂が触れるキスをして部屋の扉を開けた。
 スノーも別れ際に想の手を取り頬を合わせて挨拶し、にこりと笑う。

「明日はみんなで食事しようね。レンの恋人なんて初めてだけどソウが可愛い人で嬉しいよ!」

 笑顔で手を振り、新堂に引きずられるように連れて行かれたスノーを笑った。スノーは悪人には見えないが、恐らく悪いことをしているに違いない。『内緒で稼いだお金』がそれだろう。
 想は鞄から水着を引っ張り出して少ない所持品と共に防水のボディバッグへ入れ、シャツのボタンを留める。少し泳いで軽く食事を済ませて二、三時間で戻ろうと決めてわくわくした気持ちで部屋を出た。












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