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「想くん、おつかれさま。あ、休みは三日間でいいの?」
『はい』

 『お願いします』と頭を下げた想に三咲が頷く。まだ仕事を始めて間もないのに、と謝った想に対して三咲は全く気にしていない様子で快諾した。
 三咲は業者の領収書を整理していた手を止めて想を見た。
 全然力になれていないかも……と悩むように眉根を寄せたままの顔で店を出ようとする想の背中に声をかける。

「なんか寂しい。お土産お願いね」

 想が困ったように笑うと、三咲は笑顔で見送った。
 カランと音を立てて扉を閉め、想は大瀧と待ち合わせているファミリーレストランへ歩いた。
 人の流れに紛れながら新堂へメールを送る。待ち合わせ場所には五分ほどで着く事を伝えると、すぐに返事が来た。
 想は携帯電話をしまい、コンビニで新聞を購入した後ファミリーレストランの前に到着。少し離れた場所に大瀧の車が見える。想がそちらをなんとなく見続けていると大瀧が車を降りた。
 想は大瀧を待たずに中へ入り、案内通り窓際に座る。数秒後、席に現れた大瀧が機嫌の良さそうな笑みで挨拶をした。

「よく来たな。先日は助かったよ」

 想は正直腹立たしかったが、にこりと微笑んでみせる。
 大瀧は向かいの椅子に腰掛けて一息付くと少し抑え気味の声で、しかしどこか偉そうに言った。

「早速で悪いが用件だ。立花全の後任は俺か希綿悠造のどちらか……だが、天鐘会・葛城が何やらコトをひっくり返そうとしているらしい」

 初耳だ……と想が大瀧の話を聞きながら思案する。天鐘会はそこそこ力のある組だが、会長の葛城は穏やかそうで一見ヤクザには見えない印象だった。
 ベテラン国語科の教師のようだと、いつだったか総会を覗いた時に顔を見てた。

「ハッキリ言って邪魔だ。北川の話じゃお前は始末もしてくれるんだろう?」

 想は眉を寄せて俯いた。始末役を担っていたことは北川しか知らないはずだった。力でねじ伏せるより、こっそり殺してしまった方が周りの諦めはつきやすい。
 中には深く詮索をする連中もいるだろうが、想は今のところどこの組にも属さず、始末役は誰にも秘密の仕事だった。
 実行した数も少なく、なぜ大瀧が知っているのか不明だ。

「バラされたらヤバいだろ。証拠はないが、集めようによっちゃあ……な?サツに言えば捕まる。身内に言えば殺される。内緒にしておくからな。ん?」

 また脅しか。想は小さくため息をした。しかし今回は一人ではないし、仕返しをしたがっている新堂の為に強気でいなければいけない。
 想は特殊な弾頭の弾丸を机に立てるように置いた。
 大瀧が怪訝な目で弾と想を見る。
 次いで新聞に挟んで机に置いてあった銃を、ちらりと大瀧に見せた。銃口は大瀧に向けたまま。

「う……撃ったら捕まるぞ」

 さすがに動揺を見せた大瀧が外に待たせている部下の車を見る。
 想はそちらに指を向けて打つまねをした。

『ぜんぶ うつ』

 凹んだ弾頭は衝撃で変形し貫通力が落ち、体内にダメージを残す。この距離で、この口径ならば大瀧の胸に拳くらいの穴が出来るだろうか。
 想も大瀧も同じ事を考えていたが、銃を向けられている大瀧は気が気ではない。
 想の目は『撃つ』と言っていた。

「ちッ……分かった。分かった。無理強いはしねぇ」

 両手を軽く振って降参を示した大瀧は、銃を向けるなと想に頼む。想は引き金から指を外して新聞の上に置いた。いつでも撃つと牽制を込めて。
 機嫌悪そうに席を立った大瀧を見て、想は短いメールを新堂へ送った。新聞の中で銃と消音器を外すと、そっと上着にしまう。
 呼び出しボタンで店員を呼ぶと、想はパンケーキとパフェを注文して外の様子を眺めた。
 大瀧が車のドアを開くと慌てた様子で辺りを見回している。大瀧の動揺が大きく、可笑しくて、想はそっと目を細めた。
 車の中には静かに怒りを燃やす新堂が待っていたに違いない。大瀧の部下は生きているか、死んでいるか。

『こわいなぁ』

 少し楽しそうに想は呟いた。 

「お疲れさま」
『りょうがさん』

 数分後、今度は凌雅が想の前に現れた。
 想に自然と笑顔が生まれ、その様子が懐かれている事を実感させてくれる為、凌雅は嬉しそうに笑みを返した。
 店員にコーヒーを注文し、凌雅は外を見た。大瀧の車は既に無く、新堂もいない。
 想が首を傾げると凌雅は車のキーを見せた。

「送っていくよ。明日からふたりで旅行だろ?うーらーやーまーしー」

 イヤミっぽく言った凌雅だが、想に笑われると髪を弄って苦笑いを返す。
 想の注文と一緒に運ばれてきたコーヒーに何も入れずに口を付け、凌雅はパスポートを想に渡した。
 本物?と想が勘ぐっているのを見て凌雅が笑う。

「本物だよ。てか社長、すげぇ怒ってた。大瀧は飲酒事故で明日の新聞の端っこにでも載るんじゃねぇかな」
『こわい』
「ね、こわーい」 

 わざと怖がる素振りを見せる凌雅はどこか楽しそうだった。しかし想がパスポートをペラペラめくるのを見た凌雅が頭を垂れる。

「そして俺も明日から怖いよ……社長代理だよ?手が震えるし。『急用以外電話しないでね』って言われたし」
『がんばれ』

 たった3日の予定だ。ゆっくり出来るのは1日くらいだろうか。想的には新堂ももう少し休めばいいのに、と思う反面、仕事を任された凌雅の姿に少し申し訳ない気持ちでパンケーキを頬張った。










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