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 シャワーを浴びたふたりはシャツとパンツでベッドに転がった。
 パソコンを膝に置いて仕事を片付けると言う新堂のの横に寝そべり、想は話をする彼に興味津々と言う様子でいた。

「昨日はミッシェルの養子の一人、グレイシアに会った。葬儀の打ち合わせと相続関係の確認に。彼女はホテルの経営を統括している。最近よからぬ輩が接触してくるようだから調べていた」

 新堂は時折、自分を見上げる想の髪を撫でた。

「ミッシェルのホテルは所有権が全て俺の名前だからグレイシアにはホテルをどうこうする権利が無いことまでは知らない様な連中だ」

 どこにでもあるトップの死に漬け込んで会社を取る考えの連中だろうとグレイシアが話していたと聞き、想は自分の父親を思い出した。
 社長をしながら研究者をしていた父。経営に関しては特に金の事しか考えないような輩が多く口を出してきて、困っていると若林に相談していた姿を思い出す。
 奪われる側は恐ろしい。想は気持ちを切り替えようと目を閉じた。すぐに、新堂の唇が頬に触れるのを感じて目を開いた。
 想は手を伸ばし、彼のほんのり生えた髭を指先で撫でた。普段綺麗にしている彼を思えば新鮮だった。

『まだ いきてる のに』

 まだミッシェルは死んでいないのに……と、想が眉根を寄せる。
 新堂は同じように小さくため息をして続けた。

「たしかに。生きてるのに葬式の準備が出来てるなんておかしいよな。……ミッシェルは10日後に服毒自殺する予定だ」

 そっとパソコンを閉じて、それを適当に枕元に追いやった新堂がベッドに横になった。
 想が腕を広げると、おとなしくその腕に収まるように新堂が身体を寄せた。

「彼女の病はかなり重い。病状は薬で痛みを和げているだけだから、副作用や苦痛と闘うより死を選んだ。強気な人なんだ。医者に支配される余生は嫌だと」

 『休みを合わせてくれてありがとう』と新堂は悲しげに微笑み、想の頬を撫でた。
 想の顔色が曇る。ゆっくりと唇を動かし、かすかに首を傾げて見せた。

『しぬの さみしい ?』
「……俺は昔、彼女から頼まれて、夫を始末する計画を立てて実行した。法医学を学んでいて、専門知識があったから友達と相談して。自然死や事故死に見せるようにな」

 自分の胸に顔を埋める新堂の表情は分からないが、想はいつも自分がされて安心するように、彼の襟足を撫でた。新堂にもそれを感じてもらえたら……と。

「俺はその時……とにかく金が必要だった。その件があってミッシェルに気に入られた。金を立て替えてもらって立花全から自分を取り戻した訳だ」

 想は立花全の名前にピクリと指先が止まった。すっと冷えて、心がギシッと軋む。きっと、立花全は新堂にも要求していたのだと確信した。想の母に腎臓を差し出させたように。若林を押さえつけるために色んな人々を人質にしたように。
 想の手が止まり、新堂はその理由を察して優しく背中を撫でて、続けた。

「こんなに良くしてもらって、俺は彼女の願いに全力で答えるくらいしか出来ない。……彼女の消えかけの命だから、無理に闘病しろとは言えない」
『わるいひと なの?』
「いいや、彼女はまともだ。……夫は殺される程憎まれるような事をしただけだ」

 ミッシェルは妊娠初期に夫に性器へナイフを突き込まれた。何度も何度も。子供が産まれれば財産も権利も、ミッシェルがトップを退く頃には子供に渡る。それが気に入らなかったのではないかと、ミッシェル本人は言った。
 その話を想には言わなかったが、新堂はミッシェルの話を思い返して目を瞑る。
 瞼に触れた温かい感触で、想がキスをしたのだと悟った。

「想もアイツを殺してぇんだろ?」

 頷く気配に新堂が想の頭へ手を伸ばした。優しく髪を撫でながら口端を上げた。

「奪った奴は奪われる覚悟が着いてくる。誰を怒らせたか、それを思い知らせてやらないとな」

 想は痛いほどその言葉を感じていた。いつも、誰かを傷つける時それを覚悟した。
 立花全は覚悟を持っているだろうか。
 嫌な笑みを浮かべる立花全を思い出し、ぐっと奥歯を噛み締めた想の胸元から温もりがが顔を上げた。
 新堂は全てを察したように想を見つめて頷いて見せる。
 新堂の優しい瞳を、想は瞬きも出来ず、射抜くように見つめた。
 黒い、大きな目が微かに揺れるのを見て、新堂は伺うように言葉を待ったが、想は微かに目を伏せた。
 それが気に入らず、新堂はぐいっと想の顎を掴んで上げた。驚いた想の顔をじぃっと見つめる。

「何を隠してる?」

 想は何を話してもどうしても気になってしまう名前を口にした。

『ぐれいしあ』
「グレイシア?ああ……」

 真剣だが、どこか遠慮が見える想の表情に新堂は言葉に詰まる。
 どこか様子が違ったのはコレか、と確信させた。付き合う形になる以前から好意は感じたが、あまり押し付けてこないのが想だった。
 一緒に暮らしてからも、交友関係に疑問を持たれたこともなかった。
 そんな想がグレイシアの存在に嫉妬しているのだと分かり、新堂は内心驚いた。想にそんな一面があるとは思っていなかったのだ。

「彼女はレズビアン。明晰で男に負けない雄弁さと采配を持っている。ミッシェルのお気に入りだが、想が心配するような要素はない。分かったか?」

 小さく笑った新堂が想の反応を伺う。うんともすんとも言わずに俯き加減でいるが、顔から妙な力が抜けたように見えた。
 新堂は可笑しくて、愛しくて、俯いたままの想を引き寄せた。胸に抱いて眠気と闘うことを止めた。

「想……」

 すぐに聞こえてきた規則正しい寝息に、想は顔を上げる。
 しばらく新堂の寝顔を眺めていたが、想も自然と彼の腕の中で眠っていた。









「じゃあ、行ってくる。手筈通りにな」
『うん ありがとう』

 サインした想の頬にキスして新堂は中野と共に仕事に向かった。
 想も準備をして仕事に向かう。緊張を解すために想はシャワーを浴びた。
 新堂がアメリカから戻って5日経った日、青樹組の幹部、大瀧から再び接触があった。仕事の依頼ではなく、個人的に話したいと言うことだが信用できない。
 先日の責問で得た情報を想が知ったのがまずいのか、もしくは話がしたいとは嘘で仕事をさせる気か。あれ以来青樹組も傘下の組も大きな揉め事はないが、知らぬ場所で何が起きていてもおかしくはない。
 仕事が終わった頃に会う約束をしたが、大瀧に対して相当怒っている新堂が彼をどうするつもりかは分かっていた。
 想は大瀧にいいように利用された悔しさに奥歯を噛み締めた。今度は大瀧からの接触を利用してやる。黒の七分袖に適当にジャケットを羽織って仕事用のワイシャツを持って部屋を出た。
 消音器がジャケットのポケットで重さを主張するが、本気だと示すには必要なものだった。

「おはよーっす」
「よ。送るか?」
『おはよ だいじょうぶ』

 大瀧から接触があってから、島津と蔵元が再びやって来た。
 想は廊下を出た所でふたりと挨拶を交わして、送迎に感謝して断る。
 接客の甲斐もあり、人混みにも少しずつ慣れてきた想はいつも通りに仕事に向かった。














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