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5年前。
「ただいまーかぁさーん、腹減ったー」
「ママぁ?想が腹ペコだってよー」
有沢春(ありさわはる)、想は双子の姉弟だ。
二卵生なのでそっくりとまではいかないが、元モデルの母、花(はな)に似て美しく、人目を引く姉弟だった。
二人が注目されるのは容姿だけではない。成績は二人でトップを競うほど優秀で、春も想も水泳でそれぞれ部活でも活躍していた。
明るく聡明で裏表なく、上手く人付き合いのできる二人には敵のようなものなどなかった。友達も多く、教師からも可愛がられる。
そして、父の有沢清和(ありさわきよかず)は有沢製薬の社長で、新薬のみならずアレルギーに対する研究で世界的にも有名な会社を作り上げた男だった。
社会的にも信頼され、明るく人々から好かれる幸せな家族。
「お帰り、春、想。花ちゃんは買い物だよ。でもほら、ケーキ」
リビングで紅茶を煎れていた父、清和が微笑む。その隣には若林謙太がいて、春と想に軽く手を上げて挨拶をくれる。
「けんチャン!久々だねー」
明るい茶色に染めたボブを揺らしながら春は若林に駆け寄り抱きついた。軽々と春を抱き上げて若林は豪快に笑う。母、花の弟が若林だった。
「若林さん、どんな顔でこのケーキ買ってきたの?」
ケーキには直結できない風貌の若林をからかい、楽しそうに笑いながら想は制服のブレザーをソファに投げ捨てて清和とお茶を並べる。
「こら、想。服はきちんと。春も着替えておいで。」
「はーい」
ごめんなさい、と制服を持って二人は部屋へ上がっていく。異性の双子だったが仲はとても良く、また、いい意味でライバルだった。
清和は厳しい人間だ。勉強だけではなく、言葉、所作、相手の気持ちを考えなさい、嘘はつかない、正直に、自分と家族を信じて、様々と幼い頃から言われていた。頭がよく、厳しいが、優しさも人間性もある清和を二人は尊敬し、手本のように思った。
逆に母の花はおっとりしていて、二人を見守り、怒ったこともなければ責めたこともなかった。若林謙太と花は父が極道だったため、謙太は自然とその道を決めたが、花は箱入りで大事に育てられたため少し世間知らずであった。
欲はなく、嫉妬もないまっさらな花は競争世界のモデルには向いていなかった。
清和と出会ってすぐにモデルを辞め、20で二人を出産してからは専業主婦をしていた。
少し頼りないが、穏やかで嫌味のない花は二人にとって素晴らしい母親だった。
何も不自由のない、誰もが羨む家庭がそこにはあった。
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