「いらっしゃいま…せ。…先輩…」

 ミネラルウォーターとスナック菓子を持ってレジに来た智也を見て理玖が驚く。
 一瞬思い切り嬉しくなった理玖だが、昨夜の出来事にすぐにしゅんとした。

「朝飯ありがと!うまかったよ」
「よかったです。213円です」

 明るく言った智也だが、あまり変わらない理玖に智也もしゅんとなる。
 レジに続くサラリーマン風の男が現れ、智也はお金を払ってそこを離れた。
 理玖が理玖らしくないのは確定した。智也は理由を考えるが、試験のことはそこまで気にしていないように見える。残るは理玖に話したのは内田の事。
 智也が浮気を許せないと理玖は知っている。決してなにも無いのに、浮気を疑われている訳でもないだろうに、どうして理玖がおかしいのか分からなかった。
 智也が大きな溜め息してスーパーの大きな入り口を通る。

「お、とも!髪染めたじゃないか。男前だぞ。素直な所がお前の良いところだな」
「あ、テンチョー…偉い?もっと誉めて下さい」
「なんだ?まだ元気はないな。ザキか?今レジにいるぞ」

 ちがいますって!とポスターを貼っている店長・加賀見に突っ込む。

「…店長は旦那さんが元カノに復縁を申し込まれたらどう?ヤですか?もちろん旦那さんにそのつもりとか、全くない前提でーです」
「はぁ?旦那を蹴り飛ばしてやるわ。生温い別れ方するなってな」
「恐っ…!」

 ほら手伝え、とポスター用のテープを指差す店長・加賀見に言われるままポスターを押さえるのを手伝いながら智也は頭をフル回転させていた。
 別れ方が温いから復縁。はて、内田とどのように別れたかを思い出せない智也は青くなった。
 勢いに任せて自分か内田が『終わりだ』と言ったような気がする程度だった。智也は面と向かって内田に何かを訴えたことはない。真剣に人と向き合うのは苦手だった。

「…うーん…」
「なんだ?曲がってるか?」
「え?!いや、う、美しい!」

 店長の加賀見はやれやれと智也の後頭部を叩いた。

「早く学校行けアホ。ぼーっとしてると自転車に引かれるぞ」
「はいはい!りょーかいっ」

 智也は挨拶もおなざりに逃げるようにそこを離れた。




 23時。四つ目のレジを締めた智也は社員に報告を済ませて上がった。

「疲れ様。寄り道しないでかえれよー」
「俺もう大学生だし、ガキ扱いヤですってばー」

 智也はいつものやり取りも面倒になるほど疲れていた。今日は自宅に帰ることになるだろうと、理玖の家の鍵はカバンの底へ押し込んだ。

「理玖のバカっ意味分からんわ!」

 智也が従業員用の出口から駐輪場に視線をやると、理玖の姿はない。
 いつもあるはずの影がないことに心臓が痛くなった。自分を呼ぶ声もない。
 智也は涙が溢れそうになるが、歯を食いしばった。マフラーに顔を埋めて足早に自転車に向かう。錠を外すとき、人の気配に理玖かと思い顔を上げると内田が数メートル先、車のボンネットに腰を預けて立っていた。
 目があった瞬間、智也は走って内田に近付くと胸倉を掴んで怒鳴りつけた。
 真夜中、人気の少ない広い駐車場に智也の声は通った。

「もう俺の前に来ンじゃねぇよ!終わったのに今更何?!」
「ひどい言いようだな。俺のことばっかり考えててケンカしちゃった?」

 ギク、と智也が唇を結ぶ。その可能性は大いにあった。だからこそ、智也はハッキリ終わらせるためにぎゅっと拳を握った。

「センパイなんてミジンコよりどーでもいいっ。俺、マジで頭良くねぇから忘れたけど、センパイとは別れたんだ!ヨリ戻す気はないから」
「っは、嫌われたもんだ」
「ああ、浮気するような奴、キ ラ イ!」

 告げた言葉はひどいが、智也はもやもやした気持ちから解放されたように感じた。
 お互いに別れたと思ったが、内田に『こいつは思い通りになる。また自分を好きになるだろう』と思われていたのだろう。智也は内田を見据えて気持ちをぶつけた。

「俺の頭は理玖で満杯だから!そっちは?言いたいことある?」
「…浮気しなけりゃ俺のトコに戻るの?」

 智也は1ミリも考えずに首を横に振った。内田が鼻で笑う。

「めんどくせぇー。ま、お前が飽きられて振られたら、アソビ相手くらいしてやるよ」

 口元に笑みを浮かべて手を振る内田に、智也は背を向けて自転車に戻る。
 智也は振り返らずに颯爽と真夜中のスーパーを後にした。

「ちっ、開拓しないでイイ身体だったのに。これで満足かよ」

 内田が車の影に身を潜めていた理玖に向かって機嫌悪そうに吐き捨てた。
 理玖は興味なしという様子で、すでに内田に背を向けて走り出していた。

「ちっ…痛ぅ…くそ、ガリ勉のくせに!」

 内田は理玖と揉めて打ち付けた腰を押さえて車に乗り込み、悪態を吐いた。




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