ドライヤーを止めて片付けた理玖が時計を見た。理玖は休みだし、智也は早い時間に授業を取っていない。

「寝ませんか」

 うなじにキスをされた智也が小さく頷く。先にベッドに入った理玖の背中にくっついて、智也は試験の事を再び謝った。

「ごめんな…ホント、そんなつもりじゃなかったんだけど…」
「俺の勝手な行動です。気にしないで下さい」
「ちょっと…なんつかさ、不安で。理玖のが緊張してんのにホントにごめん」

 まさか帰ってくるとは…という智也の呟きに、理玖は笑った。

「…あんさ、せ…センパイが」
「まだ好きなんですか」
「んなアホな!」

 なんで!?と智也は身体を起こして理玖の顔を覗く。
 横になったまま壁を睨み付けている理玖の姿に、智也はドキっとした。怒っているようにも見えるし泣きそうにも見える。智也は一瞬固まった。

「理玖、俺は理玖が好きだって知ってんだろ」
「はい」
「なんで…」

 目を瞑ってしまった理玖に、毛布の上から智也が乗っかる。上に乗ったまま抱きついていると、しぶしぶと言った風に理玖が智也を抱き締めた。

「風邪引きます。入って下さい」
「今日、センパイとたまたま会った。復縁しようって言われた。けどなんか怖い…理玖のこと知ってた」

 静かに目を開いた理玖が智也を見つめる。
 言われた言葉にさほど驚きを見せていない理玖は思い当たる人物に会っていた。バイト先のスーパーの駐輪場で智也の上がりを待っているとき、最近同じように何かを待つ男がこちらを見ていた。
 最初は寒い中ずっと何をしてるだ?という視線かと思ったが、何回か見かけるようになると不気味だった。理由が分かって眉を寄せる。

「復縁?マジですか」
「したくねぇって逃げたけど、またなって…なんで…だろ」
「さあ」

 冷たい返しに智也は息を飲む。

「理玖…?」
「おやすみなさい」

 理玖は毛布でくるりと智也をくるむと自身は足元に丸まっていた布団を引っ張り被った。
 話は聞かない、と言っているようで智也が唇を噛む。冷たい。正直に話したのに。

「理玖…」
「先輩…好きだから」

 じゃあ、なんでいつもみたいに味方してくれない?安心させてくれない?智也はくるまった毛布の中、胸の中で問い掛けた。
 言える雰囲気ではなかった。『好きだから』それがすごく頼りない声に感じて、智也は眠れず、理玖に触れることも出来ずにベッドの上でじっと固まったまま。
 理玖が智也を突き放したことなどなかったため、智也は内心パニックだ。
 どうして?なぜ?智也の頭は不安で押し潰されそうになっていた。




 朝、智也が目を覚ますと理玖がいない。
 慌てて起き出したが時間は8時になるところだった。
 狭いアパート故、理玖の部屋を出るとすぐに彼の姿は見つかった。小さなキッチンで朝食を作っているに違いない。
 智也が出来る限り明るく挨拶をした。理玖も玉子焼きを作りながら挨拶を返す。

「さっき店長からパートの花村さん、子供が風邪でお休み欲しいから代われるかって電話が。試験も休んじゃったし行ってきます」
「…うん」
「ご飯どうぞ」

 トレーに乗った朝食一式に出来立ての玉子焼きか加わる。
 ありがと、と智也は言ったが、小さな声になってしまい苦笑いがもれた。理玖はコートを羽織って出て行く。

「行って来ます。鍵お願いします」
「うん…いってらぁ」

 智也は閉まるドアを見つめたまま息を止めた。泣くか、と身体に力が籠もる。
 いつもと変わらぬようだが、触れてくる手も、キスしたがる唇も、へらっと笑う理玖もない。
 大切な試験を止めてまで帰ってきてくれた筈なのに、どうして冷たくされるのかが智也には分からなかった。 

「なんで…」

 居ても経ってもいられず、理玖の作った朝食を残さず食べ、智也は大学の時間より前、少し早めに家を出た。






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