「おつかれーす。お先で、っうぎゃ!?」
「とも、笑顔がないぞ。アホ笑顔が取り柄なのにどうした」

 着替えを終え、休憩室のロッカーからカバンを出していた智也が、へ?と目を丸くする。
 店長の加賀見愛子がタバコを片手にお尻をバシンと叩いたのだ。

「ザキ君が居ないからってそこまで元気がないとドン引きだ」
「ち、違いますよテンチョー!」
「まぁなんにしても、そろそろ統括部長が巡回に来る季節だから、笑顔!そして髪を黒にしろ。わかったか?」
「ふ…ふぁい…」

 頬を引っ張られた智也が返事を絞り出す。加賀見は満足そうに手を離すと智也を見送った。

「ほれほれ元気出せよ」
「髪カラー買ってくれたら元気出ます…」
「給料から引いてやろうか」

 悪魔の笑顔に智也は逃げるように従業員扉から外に出た。携帯電話をいじりながら駐輪場までの数メートルを歩く。理玖へ先ほどの店長とのくだらないやり取りをメールで送り、顔を上げると内田が智也の自転車に跨がっていた。

「うそ…」
「ホーント!」

 口元をニヤリとして笑う内田に智也は息苦しさを感じた。
 本気で復縁をしたいのか。智也が知る限り内田は軟派で軽い。智也自身、彼が自分にそこまで執着するとは思えなかった。彼にとっては『元』恋人の一人。初めての相手でもなければ最後の相手でもない。
 内田にとっての『男』は智也だけかもしれないが、復縁の理由も分からない。分かった所でそんなつもりなど無い智也にはどうでもいいことだった。

「俺、もう浮気されるのもアンタの機嫌伺うのも嫌だし」
「ふんふん」
「今、付き合ってるし」
「っはー、俺はお前の穴が忘れらんねえ。困った顔で言うこと聞いてくれる可愛さも他の奴にはねぇし、なんだかんだで智也が最高だなって。また3Pさしてくんね?」
「死ねよ!」

 カッとなって怒鳴りつけた。
 智也は自転車を置いて走り出しす。思い出したくもない事が蘇り、歯を噛み締めた。

「ははっそのうち俺を思い出すって!またなー!」

 背中に掛けられる声を無視して理玖の家まで止まることなく走りきった。

「はぁっ…は…はー…くそっっ!」

 息を切らせながらカバンから鍵を取り出す。中に入って上着とカバンをリビングの椅子に置き、理玖のベッドに飛び込んだ。
 毛布にくるまり理玖の温もりを思い出しながら、頭の中は内田の事で一杯になっていた。

「理玖…」

 ポケットを探り、携帯電話を取ると新着メールを知らせる青いライトが点滅していた。
 理玖からのメールは短く、髪は俺が染めたいですと真面目なメールが返ってきていた。
 智也は変わらぬ相手の様子に胸がきゅっとなり、理玖がメールの文字を言葉にする様を思い浮かべる。
 真剣な顔でそう言って、額や頬にキスしてくれるに違いない。そしてテレテレと笑う。智也がバカにして小突くがそれでも離れない。離れないくせにそれ以上は触れてこない。焦れて智也が唇へキスを誘うだろう。

「理玖と、…ずっと一緒にいたい」

 目を閉じて言葉にする。
 メールを送ったら喜ぶに違いないと考えた智也は、そう返信した。
 内田がまた来たらどうしよう、そんな事ばかりが頭の中をぐるぐる駆け巡ったが、理玖がいれば大丈夫な気さえした。
 愛しい人のベッドに潜り込んでいた智也は、うとうとし始めていった。



 『俺だけがお前をわかってやれる』

 それは恐ろしい力のある言葉。智也にとって、どれだけ浮気されても文句を言い出せなかったのはこの言葉のせいだった。もしくは、智也自身が浮気相手だったのかもしれないと、別れ際には思っていた。

「…やべ…寝て…たっ、っっ!」

 うたた寝していた智也が寝ぼけて目を覚ますと、背中に体温を感じた。あまりの驚きに素早く身体を起こした為、ベッドが寄せてある壁に後頭部をぶつけた。

「いでっ」
「ん…なにごとですかぁ…?」
「な、な、なんで!?」

 夢!?と、智也が自身の耳を引っ張る。
 それを見た理玖が優しく笑った。

「普通ほっぺじゃないんですか」

 ごしごしと目元を擦りながら理玖も身体を起こす。理玖はショートダッフルも脱がずに寝ていた様で、のろのろとコートを脱ぎはじめた。

「試験は!?今、何時…」

 時計を見ると、午前3時を少し過ぎていた。あわあわとベッドの上で時計と理玖を交互に見ている智也を理玖が抱き寄せる。

「本命は受かってる自信しかないんで、そんな心配いりません」
「え、だって、だって…超有名大学なのに、受けねぇの」
「先輩と同じとこに行きます。医学科は二年から隣の市ですけど、通えないことないし」
「え、…い、意味分からん…」
「分からないでもいいです」

 理玖の言葉は分かるが、質問の答えになっていないことに智也は唇を噛んだ。

「どこの大学を出たって、目指す所は同じです。それなら好きなところでいいじゃん、て思いませんか」
「意味、わからん…」
「うん」

 理玖は優しく智也をベッドへ押し倒し、甘えるように頬や顎にキスしたあと唇にもした。

「先輩のメール。いつもと全然違ったから…そわそわしちゃって夜間バスに乗りました」

 理玖が智也の首を舐め、優しく唇で噛む。何度もしながら、着替えもしていなかった智也のシャツの裾から手を入れ、肌に触れた。
 智也は理玖の頭を抱き込み、何度も繰り返した。バカ、ごめん、と。涙声になるそれを、理玖が塞ぐように深く唇を奪った。





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