◆ねがいごと


「建築士…2級…んー…」

 工学部土木工学科。
 理系の男ばかりで女っ気のない学科に入って一年になりそうな大河内智也は駅前の書店で試験問題集を探していた。
 一見チャラい様に見えるが、実はゲイで一途。実際なんの感情も湧かない女の子がいたほうが楽しくて気も楽だと言う本音は大学生になるまで実感がなかった。
 恋人がいなければ男ばかりで悶々とした苦痛な毎日になっていたに違いない。
 智也は沢山並ぶ本の背表紙に溜め息を零した。多すぎてどれがいいか選べず、恋人で頭の良い江崎理玖と今度買いに来ようと決めて書店を後にした。
 時間を確認すると夕方の五時。そろそ理玖は試験の為に県外のホテルに着いたに違いない。智也はなんとなく電話を掛けた。
 予想以上の速さで電話に出た相手に思わず笑う。

「…理玖!そっち着いた?…マジかー頑張れよ。うん、うーん…お前の家で寝てもいい?だってさぁ…寂しいだろ。うん。おっけー!」

 電話の後ろでは数人の声が聞こえる。同じ大学を受ける者同士で行くと言っていたのを思い出すが、修学旅行の様で智也は苦笑いをした。

「じゃあ、理玖なら心配ねぇよな。ばいばーい」

 智也が通話を終わらせようとした時、理玖の慌てた声が聞こえて智也も慌てて耳元に携帯電話を押し付ける。

「…ばかじゃね。…俺も好き。じゃっ」

 通りを行く人々から外れて道路脇の隅で通話をおえた智也がマフラーに口元を隠す。
 にやけているであろう顔を誰かに見られては恥ずかしいのだ。
 智也が幸せな気持ちで通りに戻ろうとしたとき、かなりの力で肩を掴まれる。驚いた智也が身体のバランスを取りながらそちらを見て目を見開いた。

「……内田…センパイ……」
「よぉ。智也」

 何も言えず立ち尽くす智也を内田が笑う。唇のピアスが目を引いた。

「なんつーか、ほら、よくない別れ方したのは悪かったけどよ。いきなり着拒はひでぇんじゃねぇの?」

 口元に笑みを浮かべたまま話す内田に釘付けの智也は、なかなか言葉が出ない。それを見て内田は可笑しそうに笑った。

「俺が会いに来てビビった?新しいカレシもいるみてぇだしな。つーか制服着てたろ。俺達みたいなクズ高とは天と地の差があるサガミの制服」
「…なんで知ってんの…」
「ふ…なんでって、バイト先で待ってたらそいつも毎回お前を待ってたからさ。そんで仲良くお前の家じゃない所に行ってた。ボッロいとこ」

 驚きで再び黙って俯いた智也の頭に内田の手が乗る。ビクッとして一歩距離を取った智也に、内田は声を立てて笑った。
 通りを行く人が数人視線を道路脇の二人に寄越す。

「年下ってどうなの?サガミの奴らなんて俺らクズ高って聞いただけで『あー…バカの集まりね』ってなるだろ。上手くいくわけ?」
「アイツは頭の良し悪しで付き合う人を決める人間じゃないし…」

 浮気もしないし、人をバカにしない。真剣で、真面目。なのに寛容で笑えるくらい優しい。
 目の前の元彼とは正反対だと智也は思った。
 ゲイだった自分が後ろめたくて、始めてそれを受け入れてくれた内田に確かに恋をしたし、好きだった。けれど、人間として尊敬できる人ではなかった。人を見下す態度も、マナーも悪い。そして何より怒らせると手が着けられないほど自己中心的だった。

「俺、行くから」

 智也が内田の手をすり抜けて行こうとしたが、手首をキツく握られてそれを許されない。智也が焦れて睨み付けながら小声で怒りを見せる。

「なんなんだよ!」
「何って、復縁したい」

 ニヤニヤと笑みを浮かべたまま軽い調子で言う内田に、智也は睨みを退けずに言う。

「イヤだし、ふざけンな」
「あ?ちょっと浮気したくらいじゃん?本命はお前だったってことにしてさ。俺、好きな子程泣かせたいってゆーの?分かってくんねぇのな。男心」
「サイテーじゃん」
「お前だって俺が構ってやらなかった頃からヤりまくってたんじゃねぇの」
「ちがうし!うざいっ」

 今度は思い切り手を振り払い、智也は走り出した。
 腹立たしくて仕方がない。付き合っている相手がいるのに、他に好きな人が出来たなど理解できない智也は浮気を許せなかった。それを正当化しようとする内田が尚更ありえない。

『好きな子程泣かせたい』

 それが本気な訳ではないと分かっているのに、その心理はよく耳にする。しかし、泣かされる側はどうだ。

「…りく…」

 可愛い恋人の名前をぽつりと呟き、走って帰宅ラッシュの人の波を避けながら智也は電車に乗り込んでバイトへ向かった。




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