必ず果たそう

記念日から一年後の話


前の誕生日から一年を重ねたお祝いにおめでとうと言えば、エレンは笑ってありがとなと返してくれた。時の流れと言うものは振り返ってみれば意外と早いものだと思う。勇気を出してエレンの誕生日にプレゼントと共に気持ちも伝えた日から一年が経ったとは。
当たって砕けろ精神で告白すれば私の予想斜め上をいった返しをされて、エレンじゃなくて私が驚いた事もインパクトが強すぎてきっと一生忘れられない。付き合い始めてから初めて見えたエレンの一面も、全てが脳に焼き付いてる。いや、エレンはきっと最初からそうだったんだろうけど、やはり見る位置が違うと印象が違うと言うか。
エレンは素直と言うか、真っ直ぐなのだ。表裏が無く、それ自体は全然良い事なのだが、時と場合によってはそれが悪い方に働く事もあって。

「エレン、まだ宿舎に戻らないの?」

そう言ったのはアルミンだった。一日の訓練も終わり食事を済ませて暫く経った時だ。後は宿舎に戻りシャワーを浴びたり歯を磨いたりで、今は数少ない自由な時間を満喫出来る時だろう。その時間をどう過ごすかは各々の自由だ。かく言う私とエレンも、自由に過ごしていた。
すっかり暗くなりランプが煌々と辺りを照らしている補整された道の曲がり角、下に続く階段を椅子代わりにして、軽く談笑していたのだ。でももう辺りは暗い。そろそろ宿舎に戻った方が良いとアルミンが呼びに来てくれたのだろう。私もそろそろ戻った方が良いかな、とエレンと名前を呼んで立ち上がろうとした瞬間、くいっと服を引っ張られてエレンの肩に私の肩がぶつかる。

「もうちょいしたら戻る。リル、まだ此処に居たそうだしな」
「え…っ、エレン、ちょ、ちょっと…!」

この一年で分かった事と言えば、エレンは意外と人の事を良く見ているという事だ。言葉にしてもいないのに、私がどう思っているかを良く分かっている。そしてそれをさも当然のように口に出す。
いや勿論分かってくれるのは、つまりは私の事を理解してくれているという事で嬉しいのだが、それを他の人の前でしてしまうから恥ずかしいのだ。私から告白した癖に付き合ってるのをオープンにするのが恥ずかしい、なんて気持ちはエレンにしてみたら分からないのだろうけど、そんな気持ちを簡単に切り替えられる程単純では無いのだから仕方ない。あれから一年経ったのに、エレンのこの素直さには未だに慣れないのだ。

「そっか。あんまり遅くならないようにね、エレン」
「ああ。悪いな、アルミン」

くすっと柔らかい笑みを零して宿舎への道を辿るアルミンを、私は動揺したまま見送った。なんか、なんか恥ずかしい。アルミンには真っ先にバレてたような気がするから余計に。

「うう…」
「どうした?リル」
「いや、なんでも無い…」

顔が熱い。きっと真っ赤になってる気がする。幸い夜のこの時間は涼しいから、さっさと頬の熱を冷ましてくれれば良いのだが。
なんて思いながら頬を隠すように手のひらで包み込むと、エレンが私の顔を覗き込む。いきなり近づいたエレンの顔にどうしていいか分からず、顔を逸らすことも出来なくて、ただ視線を合わせた。全く、こういう事も普通にしちゃうから、私の心臓はどきどきし過ぎて寿命がかなり縮まってるんじゃないかと思ってしまう。

「顔赤くなってるぞ」
「わ、分かってるから言わないでよ」
「リル、すぐ赤くなるもんな」
「…エレンがそうさせてるんでしょ」

私が顔を赤くさせたままそう突っぱねたような返しをすれば、エレンはふっと笑って私の肩を抱く。

「…ほんと、変わんねえよな」
「そんな事は無い…と、思う、よ…?」
「俺に同意求めるなって」

私だってこの一年間、全く成長しなかった訳じゃない。訓練兵団での成績も少しずつ上がってきている。それが自信に繋がって、少しは恥ずかしがったりする事も減った…ような気がする。減ったと言い切れない所が憎い。

「でも俺、そんなに恥ずかしい事言ってるか?」
「私にとっては恥ずかしいの!」
「でも本当の事だろ?」
「本当だからこそ恥ずかしいと言うか…いや、恥ずかしがってちゃいけないとは分かってるんだけど…」

確かにエレンの言う通り、本当の事だ。でも、逆に言うとだからこそだ。それに大抵、それだけじゃ終わらないから、というのもある。

「それにリルだけじゃなくて、俺もまだ居たかったし」
「…そ!そういうのも!エレン自覚なさすぎなの!」

エレンは大抵こうやって畳み掛けてくるから、油断も隙もあったものじゃない。無自覚の二段構え程不意打ちをくらい易いのだ。私もいい加減慣れなきゃとは思う。が、相手がエレンだと、好きな相手だと思うとそんなの到底無理だ。恥ずかしいとは思うが、それ以上に嬉しいのだから。そんな気持ちを抑えるなんて不可能だ。

「自覚って言ってもな…、リルが面白い反応するなってしか」
「その要らない情報今すぐ消して」
「嫌だ」
「嫌だっ…て、ん…っ」

私の肩を抱いていたエレンの手が頬に触れて、顎まで指先が滑り落ちる。無理矢理エレンの方を向かされれば直ぐに重ねられる唇に言葉を遮られた。
…これだから、慣れないのだ。私が直ぐに恥ずかしがって頭が回らなくなる事を知っていて、その上で、それを理解して、わざとこうするのだから。この確信犯め。
重ねられた唇は、互いの唇の感触を味わうように吸い付いて、その余韻を残して離れる。近づいた温もりが離れていくのは少し寂しくて、やはり私自身喜んでいるという事が恥ずかしくて頬にかあっと熱が集中した。

「…俺、リルのそういう所嫌いじゃないし」
「…面白がってるだけじゃないの?」
「それもあるかもな」
「や、やっぱり…!」
「それも、な。それだけじゃねえって」

視線を合わせればぐちゃぐちゃな気持ちを落ち着かせるように、エレンは再び顔を近づけて唇を重ねる。

「…ん」

微かに湿った唇が触れて、滑るように角度を変えて下唇を食まれる。ぺろりとなぞるように唇を舐められればその感覚に唆されるように唇を開き、エレンを受け入れた。熱い舌が歯列をなぞり、舌先を擦れ合わせればぞくぞくとして、簡単に昂る身体の熱を逃がすように唇の端から熱い息が漏れる。自然と縋るようにエレンの服を掴み、エレンはその手をぎゅっと握った。

「は…、っ…ん、ん…っ」
「ん、…っ、リル…」
「…?な、に…?エレン…」

唇を離せば近く在りすぎた所為でぼやけていたエレンの顔がはっきり見えて、今の表情が良く分かる。普段よりも少し柔らかい笑顔。これが見れるのはきっと私だけ。そんな些細な事が嬉しくて、思わずエレンにつられるように私も表情が緩む。

「俺はリルのそういう所好きだけど、リルはそれどうにかしたいのか?」
「…まあ、出来ればどうにかしたいけど…」

好きだと言われれば悪い気はしないけど、やはり個人的にはどうにかしたい。フランツとハンナが時々羨ましくなるくらいにはどうにかしたい。あそこまで堂々とって訳では無いけど、付き合ってるのが当たり前、みたいに出来たら良いな、なんて。

「だったらほら、練習、な」
「え?」

ほら、と良いながらエレンは自分の唇を指差す。ええと、それはつまりは、私からキスしろと言う事なのか。

「…むっ、無理!」
「無理、じゃなくて。慣れれば恥ずかしいなんて思わなくなるって」
「いや、キスに限った話じゃなくて…っ。ぜ、全体的に…」
「それは分かってるって。だからまずは」
「ま、まずはって言われても…」

思わずエレンが指差した唇を見てしまう。さっきまでキスしていた名残か、艶がある唇は色っぽくて直視出来ずに目を逸らしてしまった。けれどエレンは直ぐに私の頬をその手で包んで、無理矢理顔を向き直させる。

「…今日は俺の誕生日だろ?」
「う、うん。だからさっきおめでとうって…」
「何時も俺からだから、偶にはリルから、な?プレゼントだと思って」
「え…っ、プレゼント…?」

キスがプレゼントだなんて、逆に羞恥心が増すような気がするが。そう意識してしまうと更に。けれど。

「…が、頑張る」
「…言ったな」
「い、言ったからには頑張るもん!…目、目閉じて!」

此処までお膳立てされて引き下がるなんて、折角のチャンスを不意にするようなものだ。だったら、だったらやってやろうじゃないか。
だけどエレンはそんな私の反応を見るのが面白いのか目を開けたまま。そんな風にされたらやりにくくなってしまう。慌てて目を閉じてと言えばエレンは悪戯っ子のように笑って目を閉じた。

「…目、開けないでね?」
「分かってるって」
「…じゃ、あ」

改めてエレンの顔を良く見れば、今からする事を意識し恥ずかしくなって俯く。でも言ったからには、と自らを奮い立たせて何時もエレンがしているように彼の頬を手のひらで包んだ。目を閉じているからだろうか、突然触れたからかエレンはぴくりと肩を揺らす。手のひらで触れたエレンの頬が温かくて、何故だか愛おしさと、それに伴い幸せを感じてしまう。どきどきしていた心臓の高鳴りも心地良いくらい。

「…っ」

顔を近付ければエレンがかなりの至近距離に居る事を思い知らされ、気持ちを落ち着かせる為にごくんと喉を鳴らす。ええい、こういうのは勢いだと目を閉じ、軽く唇を重ねた。エレンの唇の感触も良く分からないまま直ぐに唇を離せば、暫くの沈黙の後エレンが吹き出す。

「…っ、リル…っ」
「…な、なに?」
「いや、別に…何でも、ねえ…っ」
「う、嘘!何でも無いって訳じゃないでしょ…っ」

何がツボに入ったのか、エレンは笑い声が出ないように堪えながら笑っている。エレンがこんな笑い方するのは初めて見たぞ。全く訳が分からずに慌てながら理由を聞き出そうとするが、エレンは笑いを堪えるのに必死なようで。多分、というか絶対、私が関連してるんだろうけど。なんだか心外だ。

「随分、…あっさりしてるな…っ」
「な、なにが?」
「…キスに決まってるだろ…っ」
「あっさり、って…。だっ、だって…っ、これでもいっぱいいっぱい…っ」

確かに、確かにキスするまでに時間が掛かった割には短かったかもだけど。

「やっぱ、リルと居ると飽きねえ」
「それは…喜んで良いのか…」
「俺は喜んでる」

どうやらエレンは自分の予想が大きく外れて、あんなに頑張ると言った割にはその結果が子供のようなキスだった事がツボに入ったのだろうか。…確かに言われてみればあっさり過ぎたかもしれない。けど流石に今やり直すのはちょっと。

「…ら、来年リベンジする!」
「来年?来年って…」
「次のエレンの誕生日にはもっと、…頑張る、から」
「でも、…難しくないか?来年は所属兵団を決めて、俺は調査兵団を志願するし…」

そうか、来年の今頃には所属兵団を決めて、各々希望の兵団へと行くんだ。ジャンは憲兵団を希望すると言っていたし、他の同期は上位十人に入れなければ大体が駐屯兵団だ。きっとエレンの中では私は駐屯兵団を選ぶと思っているんだろう。だけど。

「…私も、志願するのは調査兵団だって決めてるよ…?」

エレンに憧れて、エレンの抱く理想に少しでも近づけたらって。

「…死ぬかもしれないんだぞ」
「…それはエレンだって同じじゃない。そもそも死に急ぎ野郎とか言われてる時点でエレンの方が心配かも」
「別に死に急いではいねえよ」
「ほんとかなあ?…大体、死ぬかもって言われて考え変える人はそもそも調査兵団なんて選ばないでしょ」

調査兵団の死亡率は周知の事実だ。その上で調査兵団を選ぶ人は、つまりはそれを分かってなのだから。誰に何を言われようと、今更この考えを変えるつもりは無い。

「…それに、エレンには夢があるんでしょ?夢を叶える前も、叶えた後も、生きててくれなきゃ困る…」
「勿論、死ぬつもりはないけど…」
「だから、約束。来年の、その次の年だってずっと誕生日お祝いするんだから」
絶対生きて。そう言えばエレンはさっきまでの真面目な顔つきから一転して、柔らかい表情になる。

「…リルって、あんなに恥ずかしがる割には言うとき言うよな。以前の告白然り」
「そ、それとこれとは別!というか一応真面目な話なんだけど…」
「分かってるって」

エレンはそう言って私の身体を引き寄せ、こつんと額をくっつけた。

「…リルだって、俺の誕生日祝う為に生きるんだろ?」
「…うん」

じわりと伝わるエレンの熱に、ほっとする。エレンがそう言ってくれた事が絶対生きると言ってくれているようで、それも又ほっとした。

「来年も、その次も、リルがどんな事してくれるのか楽しみにしてるからな」
「えっ、や、あんまり期待はしないで…」
「さっき、来年は頑張るって言ったよな。こっちは年単位で待つんだから期待しない方が無理だろ」
「う…っ、ちょ、ちょっとずつ…普段から頑張る…」

エレンが人をいじるのが楽しそうに言うものだから、それに反抗するようにそう返す。だけど言ってしまった後で気付いた。たった今言質を取られたばかりだと言うのに、また墓穴を掘るような事を言って何してるんだ私は。これは本当に普段から頑張らなければ、エレンの弄りネタとして使われるに違いない。
そう思っていたがエレンにはそんな気は無いらしく、ただ私の言葉を信用してると云った顔をしていた。だがそれも逆に、やっぱり普段から頑張らなければという気にさせる。来年の今頃には私からも出来るように、今よりもっと積極的になれるように頑張らないと。

「…」

だけど、もう一回だけ。エレンは多分予想していなかっただろう。目をぎゅっと閉じてちゅっと軽いキスをすれば、次に見えたのはエレンの少し驚いた顔。その表情にちょっと満足して、次の誕生日にはもっと驚かせてやると意気込んだ。





HAPPY BIRTHDAY! EREN!

エレンを生み出してくれて、エレンも生まれて来てくれて、本当にありがとうございます!進撃の全てに感謝!

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