記念日

ミカサとアルミンから聞いたのだ。今日はエレンの誕生日だって事を。それは二週間前の出来事で、二人ともエレンが生まれた日をどうやって祝おうか思考を巡らせていた。私はそれが少し羨ましくて、でも私自身はまだエレンとそれ程仲良くなれていない。そんな人から誕生日を祝われたとして、エレンは喜んでくれるのだろうか。
だから、それでもエレンの誕生日を祝いたいと思ったから、その日に向けて積み重ねて来たのだ。積極的に話し掛けて、距離を縮めて、私を見掛けたらエレンから話し掛けてくれるようにまでなった。
兎に角、エレンは手強かった。色恋沙汰の話が耐えない年頃の少年少女が訓練兵として集まっている。そんな集団の中、エレンは全くと言って良い程そういう事に興味が無かった。と言うか、全くと言い切っても良いと思う。だから興味を縮めたと言ってもそれはあくまで友人として。エレンにとって、私は友人のままなのだ。私にとっては、エレンとそれ以上の関係、つまりは恋人同士になりたいと考えている。
周りの人は殆ど流されるまま訓練兵となって、巨人と戦う機会が無いであろう、そして兎に角良い暮らしが出来るであろう憲兵団への入団を希望していて。それが出来なかったら駐屯兵団に入って。いずれ人類が壁の外へと出れる日が来るかもしれないという希望の象徴、自由の翼を背負った調査兵団への希望者は、殆ど居なかった。
勿論人間誰しも自分が可愛いと思う。その選択を間違ってるだなんて言えない。私だって、最初はその一員だった。巨人の存在に脅えて、自分が死ぬなんて考えると怖くて、出来る限り巨人とは関わらない生活を送りたかった臆病者だ。きっと周りもそんな子が多かった筈。
それでも、エレンはこう言ったのだ。巨人なんて、実際大したことないと。そして調査兵団に入って、この世から巨人共を駆逐してやると。そう言ったエレンの瞳には、力強さが感じられた。何事にも屈しない、強い意志を持った瞳だ。多分、その時から気になり始めたんだと思う。周りとは違う物珍しさもあったのだろうけど、やはり、その瞳に魅せられていた。
それからは自然とエレンを目で追う日々。姿勢制御訓練の時も対人格闘の時も真面目に取り組んでいて、その時の私には眩しかった。真っ直ぐな姿が眩しくて、それと同時に憧れの対象になった。自分とは正反対のエレンが、格好いいと思ったのだ。そこで初めて、流されるままだった私が自分で、調査兵団になろうと決めた。エレンの存在が私を変えたのだ。
そこから憧憬の気持ちを拗らせたか、それとも最初からそういう風に気になっていたのか、エレンの事を異性として見るようになっていた。後ろから見る背中が格好良くて、体格の差も背の高さも、意識させるには充分で。エレンは凄いなあと純粋に目を輝かせていた時なんてもう遠い昔のように思える程、今は視界に入るだけでどきどきして。
でも、意識して貰えるように頑張った結果は「友人」だ。今は、と付け加えておくが。兎に角、エレンの誕生日を祝う事。それに、きちんと私を異性として見てもらえるようにはっきりと気持ちを伝える。それが、今日私がやるべき事だ。
訓練兵の偶の休みになけなしのお金でプレゼントも買ったし、ちょっと前に夕食後に此処に来てとも伝えておいた。そこで全てを決める。決める、のだが。今一きちんと決まるのかが不安だ。
最初はアルミンだった。プレゼント選びに迷って、エレンが欲しそうな物が分からないかと、聞きに行った時だ。

「うーん…、ごめんね。僕もエレンが欲しそうな物って分からないや。敢えて言うなら…自由、とか?」

そんな抽象的な事を言われても、と思った。確かに、あのエレンだ。何か欲しい物が無いかと聞いても、あまり物欲が無さそうで「何も」と言われるのがオチだと思う。でもそれじゃあ何も解決しない。

「それじゃあ、アルミンは何を渡すの?」
「僕は…ハンカチとか、かな。普段使う物とかなら、受け取っても困らないだろうしね」
「そっか…」

確かに無難な選択だが、無難すぎて特別な気持ちがこもってるなんて分かってもらえないだろう。そもそもアルミンと被るようなプレゼントは控えるべきだ。それだけでも、アルミンに聞いた意味はあったか。
その次に聞いたのがミカサだ。ミカサとは寝る時は同じ部屋で、結構仲が良かった。まあ、大概私から話を振るのだが、ミカサは嫌がる節も無く面倒だという顔をする事も無く、普通に喋ってくれる。時々悪戯にベッドに忍び込むと直ぐ追い出されていたが。女の子同士だし別に良いじゃないか。

「私は…、…ケーキを」

ケーキ。そっか、せっかくの誕生日にはやはりケーキがないと。盲点だった、流石ミカサ。

「…ところで、そういう事を聞くって事は、リルもエレンに?」
「あはは…、うん。何にしようかなって、プレゼント」
「そう」

その一言で、私達の会話は終わった。それだけ言われても、私はどう話を繋げれば良いのやら。そう思って何も話せないまま動けないままで居ると、ミカサが先に口を開いた。

「…ありがとう。エレンの誕生日、祝って、くれて」

まだ祝えるかどうかも決まって無かったと言うのに、ミカサは不器用な笑顔を浮かべて、そう言った。ミカサ達以外にも、エレンが生まれた日を祝ってくれる人が居た事が嬉しかったようだ。僅かに頬は赤く染まっている。畜生、可愛いじゃないか。

「…っミカサー!」
「…あんまり、近づかないで」

ミカサに思わず抱きつきたい衝動に駆られて地を蹴り距離を縮めるが、寸での所で避けられた。しかも、何気に傷つく言葉を残して。いや、私が悪かったとは思うけど、そんな風に言わなくたって。腹癒せに今夜ベッドに忍び込んでやると意気込んで、実際やったらベッドから落とされた。
そんな訳で、ミカサとアルミンとは被らない物、そして異性へのプレゼントに適している物を調べて、それを買ったのだ。意味に気づかなかったら、私自ら伝える。エレンは少し、いやとてつもなく鈍いから恐らくそれくらいはっきりしてないと分からない。
…プレゼントは用意出来たが、それをエレンが喜んでくれるかが分からないのだ。結局の所プレゼントとしてメジャーで、尚且つその意味を調べて買ったもので、エレンが喜ぶ物、という趣旨からは外れる物となってしまっている。そもそも、エレンがこういう物に興味があるかすら怪しいのだ。

「…」

こつん、と指の先で綺麗にラッピングされたプレゼントの箱を揺らす。出来れば喜んでほしい。気に入ってほしいけれど、大丈夫だろうか。今日言うつもりの言葉だって、大丈夫かなと不安に思う。そんな訳で、今日という日がばっちり決まるかどうか、不安材料しか揃っていない今の状況では悪い方にしか思考が働かなかった。
でももう大体皆夕食を食べ終わっている時間だ。恐らく、もうそろそろエレンも来る頃だろう。腹を括らなくては。

「リル」

そう思っていたら、私の名を呼ぶ声。間違いない、この声はエレンだ。

「…エレン」
「よ、何の用だ?」

自分が此処に呼び出された意味を考えていないのか、エレンは真っ先に何の用だと聞いてくる。そういう正直というか真っ直ぐな所は好きなのだけど、少しは感づいて欲しい。エレンに渡すプレゼントを背中に隠しながら、こう言った。

「…あのね、今日はミカサとアルミンから、エレンが誕生日だって聞いたの」
「ああ」
「それで…これ!た、誕生日おめでとう!」

背中に隠していたプレゼントを手前にやって、エレンにはい、と渡す。

「…くれるのか?」
「だ、だからエレンに差し出してるんじゃない」

更にエレンに近づけて、エレンはやっとそれを受け取ってくれた。そして、今まで見てきた中で一番だと思うような笑顔を見せる。

「ありがとな、リル」

その表情に胸がとくんと高鳴って、思わず次の言葉が言えなくなる。そんな顔見せるなんて、卑怯だ。
私が何も言えないままで居ると、エレンは「開けても良いか?」と聞いてきた。勿論良いと頷いて、エレンが箱を開けるのを待つ。こうならなかったら私から開けてみてと言うつもりだったから、願ったり叶ったりだ。
エレンは箱を開けると、少し小首を傾げてこう言った。

「…香水?」
「うん、好みじゃなかったら…ごめんね」
「いや、それは良いけど…。結構高かったんじゃねえか?良いのか?こんなの貰っちまって」

やはりエレンの中では物の価値しか考えられないらしい。私の懐事情は取り敢えず置いておいて、そしてそこまで考えられるのならどうしてその高価な物を渡すのか、その意味も考えて欲しい。それは他ならぬエレンの誕生日だからだ。

「良いの。誕生日だって事もあるけど、エレンは特別なんだから」

さて、どんな反応が来るか。どきどきしながらエレンを見上げる。だけど私が想像していたような顔はしていなくて、何時も通りのエレンだ。そう、何時も通り、普通に「友人」として話す時の顔。

「そっか。ありがとな」
「う、うん」

そんな普通な反応をされると私もどう反応していいか分からなくなる。意識してるのか、意識していないのか、そんな表情も読めないからだ。まあ多分、深く考えないで意識してないのだろうけど。そして深く考えていないという事は、そのプレゼントの意味も分かっていないという事で。これは伝えなければいけない。

「エレン、その…クイズ!」
「クイズ?」
「その、えと、女の人が男の人に香水を贈るという事に何の意味があるでしょうか!」

それでも、腹を括ったと言っても、口からは言いたい事とはちょっとずれた言葉が出てくる。それは羞恥心からで、素直に言いたい事が言えない私をど突きたくなった。クイズとか、そんな事言っても、エレンが知らなかったらどうしようもないじゃないか。そしてエレンなら言いかね無い。何の悪意も無い、ただただ単純な疑問の言葉を。

「…どういう意味があるんだ?」

ほら来た。それじゃあクイズにならないと言うのに、エレンは純粋にそう問い掛けてくる。…言ってしまうか。私が招いたとはいえ、ここまでお膳立てされてるような状況で引く程私は弱くはない。もう既にクイズになってないという事は忘れよう。

「女の人から男の人に香水を贈るのは、その…もっと、親密な関係になりたいって意味があるの!」
「へえ…」

反応が薄い。エレンにとってはそういう意味があったのか、と新しい知識が増えたという風にしか受け取られていないように思える。やっぱり、その先まで思考が働かない。

「その…っ、私、女なんだけど!」
「知ってる」
「そ、それで、エレンは男だよ…ね…」
「当たり前だろ」

此処まで言っても意思を汲み取って貰えないのか。なんだか恥ずかしくなってきた。エレンは本当に男なのかと疑問になるくらいだ。さっきの香水の話をしてから性別の話をしているのに、何故か全く雰囲気に変わりがない。

「…エレンに、私から香水贈ったんだけど…」
「ああ」
「そっそういう意味で贈ったんだけど」
「…俺達、結構親密だと思うんだけど」
「えっ」

一瞬心臓がどくんと跳ねる。いやいや違う違う。きっとエレンの中ではただ単に友人として仲が良いと言いたいのだろう。そうじゃないのだ、私にとっては。

「あのね、あの、私、エレンの事が好きなの。友人としてじゃなくて、その…れ、恋愛対象として…!」

ついに言った、ちゃんと言えた。此処まで言えば例え鈍感なエレンでもきちんと分かるだろう。私がエレンに対してどういう気持ちを持っていたか。
いっぱいいっぱいで、その言葉を言うのにも体力を使って、少し息を荒げる。恐る恐るエレンの表情を見てみると、そこには頬を少し赤く染めたエレンの姿があった。これは、いけたか。エレンに私を意識させる事には成功したか。だけどエレンは何も言わない。

「…エレン、な、何か言ってよ」
「あ…、ああ。その…そう、言われるとか思ってなかったから、ちょっと吃驚して…」
「私、今までに何度もアピールしたつもりなんだけど…」
「…ごめん」

それは何に対してのごめんなのか。断りの言葉なのかそれとも気付かなくてごめんなのか。

「や、やっぱ、駄目…?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
「…そういう意味じゃなくて?」

良かった、断られた訳じゃないのか。それに安心するが、受け入れてもらえた訳でも無い事に少し落胆する。エレンの言葉に一喜一憂して、自分でも馬鹿だなあと思うけど仕方がない。エレン相手なのだから。

「あー、その、ちょっと、大人しくしててくれ」
「…?」

私がうんと頷く暇も無く伸ばされるエレンの手。それは私の頬を覆って、指先が髪の毛の間を滑り、顎へと輪郭を辿るように滑り落ちていく。そして近づくエレンの顔。やはり、綺麗な瞳をしている。透き通るような金の瞳は濁りが全く無い、まるでエレン自身の性格を表しているようで。そんな事を考えているとくい、と顎を持ち上げられて、更に顔が近づいた。

「…っん?」

唇にふに、とした感触があり、それは直ぐに無くなってエレンの顔が離れていった。ええと、今何が起こった。何をされた。もしかして、の可能性を考えると顔がぼっと熱くなる。

「え、エレン。今、何、した?」
「…キス」

キス、それはあれだよね。唇を重ねるやつだよね。どうしていきなりそんな事をするのか、全く理解が及ばない。だって、エレンは私の告白にイエスもノーも言っていないのだから。

「な、なんで、キス…したの」
「ちょっと、確かめたかったから」

確かめたいとは何の事だ。一体何を確認したかったんだ。言っておくが生まれてこのかたキスをした事は無い、初めてだ。それを、よく分からない内にエレンにされた。なんとも呆気ない初めてだ。

「…なんか、すっげーどきどきした」
「…いきなりすぎて私は良く分からなかったよ」
「それに、…ずっとリルにしてみたかったみたいだ」
「…え?」

それは、つまり。つまりエレンも私をそういう対象として見てくれていたかもしれない、という事だろうか。

「全然、嫌じゃなかった。寧ろ、…良かった」
「えと、エレン。簡潔に分かりやすく話して頂けないでしょうか」
「…だから、リルの事がそういう対象として好きなんだろ、俺」

何故かエレンは恥ずかしそうにそう言って、頭を掻く。まるで人事みたいに言っているが、それを認めるのが癪なのだろうか。

「こんな気持ちになったの初めてだから、良く分かんねえんだよ」
「…うん」
「でも、他の奴にこういう事したいと思わねえし、…多分、リルの事が好き…なんだと思う」

そんな自信なさげに言われても、私もちょっと不安になってくるじゃないか。そんな曖昧な気持ちのまま、これからどうするのか。

「…だから、付き合ってみるか?」
「…はい」

それでも、その言葉には頷く他無かった。今は曖昧でも、これから、意識し始めた今からなら、より確固たる物になるだろうと信じて。それに、エレンのそういう気持ちを初めて引き出したかもしれないのが私、という事が嬉しかったから、舞い上がっていたのかもしれない。
斯くして、エレンの誕生日は私達が付き合い始めた日にもなったのだ。

[ 12/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -