手の平の上で踊らされてた

※ヤンデレ


それはある日の事だった。
訓練兵のたまの休みの日、エレンにこう言われたのだ。

「リル、あの時ジャンと何話してたんだよ」

少し間を置いてからの一言。
口に出すかどうか考えて、言おうとは思ったもののその内容は言いにくい事だったらしく、私の反応を見ながらそう言って、エレンは私から視線を外した。
気まずそうにエレンは目線を下げて、指先を少し動かしながら私の返事を待っている。
今一状況が飲み込めない私は、エレンが言いたい事を理解しようと頭を働かせた。
あの時、とはどの時の事か。
ジャンと話した事なんて数える程しか無く、その中でも今こうしてエレンに問われると言う事は、ついこの間ジャンに立体機動のコツを教えて貰った時だろうか。
でも、本当にただ立体機動のコツを教わっただけで、エレンに責められるような事はしていない。
どう答えたら良いのか、ちらりと目線を上げてエレンの顔を覗き見ると、眉を下がらせ悲しそうにしているエレンと目があった。

「…エレン?」

私がそう名前を呼ぶと、エレンははっとした顔になって、この空気を打ち破るかのように頭を掻いた。
それでもエレン自身から発せられる雰囲気は重いままで、胸がちくりと痛む。
今までの話の流れからしてエレンにこんな表情をさせているのは私の所為だ。
そう思うとますますどんな風に言って良いのか解らない。

「え、エレン…?あの、ね…」

何とか言葉を選びながら、辿々しくも口に出す。
何も言わないままは、何となくまずい気がするから。

「ジャンと話したの、この間の事言ってる…?」
「…ああ」
「そ、それなら、ただ立体機動のコツ、教えて貰ってただけで…」

私がそう言うと、エレンは私の腕を掴んで引っ張り、その広い胸板に納めるようにぎゅっと抱き締められた。
暖かい、けれど重い雰囲気の中それを幸せに思う余裕は無く、緊張の所為か体が堅く感じる。
エレンの表情も見えなくて、此処で離れようとしたらやはり悲しむだろうかと思って身動きも取れなかった。

「…なんで」

ぼそり、と注意するか周りがこんなに静かで無ければ聞こえないくらいの声でそう言われた。
感情を押し殺したような、淡々とした声でエレンは言葉を続ける。

「…俺だって教えてやれるのに、何でジャンに聞くんだよ」
「…エレン?」
「ジャンに聞かなくたって、俺に聞けば良いだろ?俺を頼れば良いのに、何でジャンに…」

もしかして、と思った。
これは嫉妬と言うものなのでは。
そう思うとこの重苦しい雰囲気が一転して微笑ましいものに見えてくる。
ただ重力に従うままに投げ出されていた手を上げて、エレンの背中へと移動させた。
ぎゅっと引き寄せるように抱き締めて、口を開く。

「…ごめんね。ジャンが立体機動上手いって皆言ってたから、コツを教えてもらいたくなって。エレンも上手いんだから、最初からエレンに聞けば良かったね」

少しでもこの空気を変えたくて、少しおどけたようにそう言った。
エレンは私を抱き締める腕の力を強くして、不安な事を確かめるみたいに、懇願するように弱々しく呟く。

「…次からは、俺に頼るか?」

その言い方が放っておけない子供みたいで、私はくすりと小さく笑った。

「…うん、エレンに頼るよ」

そうだ、エレンは対人格闘も立体機動も凄い成績を修めてる。
エレンに頼れば、エレンに教えてもらえば私の成績だってきっと良くなる筈。
本当はエレンと成績を並べたくて、でも目標としているエレンに教わるのは何となく嫌でジャンに教わっていた。
だけどエレンがこう言ってくれるなら、甘えちゃおうかな。
そう思って、これからはエレンに頼ると口にした。

それからの数日間、エレンは事ある毎に私に色んなコツを教えてくれた。
グリップの握り方とか、色々。
私はエレンの言った事を一つ一つ訓練内で反復して、自分のものにしていった。
そんなある日、ジャンから話しかけられた。
この間コツを教わってから、実際どうだったか、役に立ったのか気になったらしい。

「うん!役に立ったよー。あの時はありがとね」
「良かったらまた色々教えてやるぜ?」

ジャンはありがとう、と御礼を言われるのが少し気恥ずかしいらしく、それでも悪い気はしないのか私にまたコツを教えてくれるとの事。
ありがたい事だが、今の私にはエレンが居る。

「あ…、ありがとう。けど、今はエレ」
「リル」

今はエレンに教えてもらってる。
そう言おうとした所を、エレンの声によって遮られた。
振り向くと、其処には真面目な顔をしたエレンが立っていて、少し人を寄せ付けないような雰囲気を纏っていた。
勿論私はジャンの申し出を断ろうとしていて、特段悪い事はしていない筈なのだが、エレンを見ると少し気まずく感じる。
ジャンも普段とは違うエレンの雰囲気に只ならぬものを感じたのか、無言になった。

「リル、こっち」
「う、うん。ごめんねジャン」

どう言っていいか解らず謝罪の言葉だけを口にして、手招きをしているエレンの方に駆け寄る。
そのままエレンは私を引っ張って、人通りの少ない食堂の裏へと歩を進ませた。
ぐいぐい引っ張られて、腕を掴まれた痛みにも慣れてきた頃、エレンは私の腕を掴んだまま立ち止まって此方を振り向いた。
冷たい視線が私の視線と交差する。

「…エレ」

初めてだ、こんな風に見られたのは。
それが結構ショックで、私は何も言えなくなった。

「リル、言ったよな?俺に頼るって」
「…うん」
「なんでジャンと話してんだよ。俺と…俺だけ頼ってれば良いだろ…」

ぎり、とエレンの私の腕を掴む手に力が入る。
痛みに眉を顰めるが、エレンはそんなのお構いなしに言葉を続けた。

「なあ…?リルは俺だけを頼ってくれるよな…?」

優しい言葉、だけども言い表せないような怖さも同時にあって、私は肯定の言葉も否定の言葉も口に出せない。
最初は嫉妬だと思った。
だけどこれは、本当に嫉妬という一言で済ませられる事なのか。

「え…、えれ…」

どうしていいか解らずに、それでも今の状況を変える為名前を呼ぼうとするが、声が震えてまともに言えない。
どうしよう、どうしたら良いの。

「ジャンに頼らなくても、俺が居るだろ…?」

その一言に、少し引っ掛かった。
私はさっきジャンからの申し出を断ろうとしたのだが、エレンに途中で遮られたのだ。
もしかして、エレンは思い違いをしているのでは。
私がまたジャンに教えを請うたのだと。

「…エレン、私、さっきジャンに話しかけられたけど、あの時の御礼言っただけだよ…?」
「…え」
「また教えてくれるって言ってたけど、断ったよ?だって、エレンが教えてくれるでしょ…?」

恐る恐る、そう口に出してみた。
もしエレンが勘違いをしているのなら、そう言う事でこの状況を好転させる事が出来るんじゃないかと。
だけどエレンの表情は変わらない。

「そっか…ジャンが悪いのか…」

ただその言葉だけを口にした。

「…リル」
「…っ」

エレンの澄んだ金色の瞳に見据えられて、身動きが取れない。
繋いだままの手を引っ張られ、ぎゅっと抱き締められた。

「…なあ、リルは俺さえ居れば、良いよな…?」

暖かい筈なのに、エレンに抱き締められて気持ちいい筈なのに、今は嬉しく思えない。
エレンの問いかけにも、返事は言えなかった。

そんな事があってから、友達に話しかけられたりするとすかさずエレンが会話を遮るようになった。
最初の内はタイミングが悪かったと相手も分かってくれていたが、何回も同じ様な事を繰り返していると次第に話し掛けられなくなっていった。
私から話し掛けようとしてもエレンに止められて、ここ最近はエレン以外の人とまともに喋っていない。
友達だと言える人なんて、最初から居なかったみたいに。
だけどそんな事は無い。
前は普通に話して、一緒に行動して、寝る直前まで馬鹿な話をしてた。
それが今ではこうだ。
女の子しか居れないような場所以外では絶えずエレンが側に居て、エレンだけとしか話さない。
エレンが居ない場所では、話さなくなった子に今更話し掛ける事も出来ずに私は1人だ。
それが寂しくて、少し辛くて、その時の気持ちを慰めるかのようにエレンとだけ話す毎日。
そんな日々を繰り返していると、次第にエレンとだけ話す事が当たり前になっていった。
これが今の私の普通になっていたのだ。
だから寂しいなんて気持ちも、辛いなんて気持ちも今は感じない。
エレンが居てくれるから、大丈夫。
そんな風に思っていたが、実際は少し違っていたらしい。

「…居ない」

きょろきょろと辺りを見回すが、エレンの姿が見当たらない。
何時もだったら私の所に来てくれて、私と一緒に居てくれるのに。
エレンが居ないなんて珍しい。
そう思うのと同時に、胸がざわついた。
普段と違ってエレンが居ない、それだけの事の筈なのに、心が落ち着かない。
食事だって美味しく思えなくて、ただ腹の中に収めるだけみたいに済ませて、食堂を出た。
自然とエレンを探す為に多くの人が居る中を歩いて、あちらこちらに視線をやる。
まともに話せる人が居ない今、エレンの存在はどれほどのものなのか。
エレンが居ないと不安で仕方がなかった。
こんな状況になったのだってエレンの所為もあるだろうに、不思議とエレンを責めるなんて感情は湧かない。
ただ、エレンが居ないと私は独りなのだと、その事実に恐怖した。

「…っエレン」

視界の端に映った、建物の裏側へと歩いていった人物。
一瞬の事だったが、あの背格好と茶色がかった黒髪は間違える筈がない。
直ぐにその後を追い掛けて、名前を呼ぶ。

「エレン!」

私がそう言うと、その人物は此方を振り返った。
真ん中分けの髪型に、吊り気味の金色の瞳。
やっぱり、エレンだった。
その事実にほっと胸を撫で下ろし、エレンに駆け寄る。

「…リル、どうした?」

その言葉に返事を言う事もせずに、エレンに抱きついた。
やっと見つけたという安心感と、エレンの感触に感極まって目頭が熱くなる。

「…リル?」

優しいトーンのエレンの声に、更に感情を揺さぶられて、瞳からは涙が零れた。

「…エレン、今まで…どこ居たの…?」
「さっきまで、…ちょっと、な」
「…寂しかった…っ」

素直に、そう嗚咽混じりの声で言ってみた。
エレンが居なくて、独りぼっちで、寂しかった。
いつの間にか私はエレンが居ないと駄目になっていて、この状況を作ったのが誰かなんて、そんなのもどうでも良いと思えるくらいエレンに依存していた。

「エレン…っ」

抱き締めて、重なった体から服を隔てて伝わる温もりを確かめるように、エレンの胸板にすり寄る。
そんな私の体をエレンは離して、顔をよく見るように顎を掴まれ上を向けさせられた。
涙で視界が歪んで見えたが、エレンが私の涙を指で拭ってくれて、視界がクリアになる。
優しげなエレンの表情が視界に映った。

「…寂しかったか?」
「…うん」
「俺が居なくて、寂しかったのか?」
「…エレンが居なくて、寂しかった…っ」

まるで子供に言うみたいにエレンはそう言って、私はそれにただ頷きながら答える。
せっかく涙を拭ってもらったのに瞳からはぽろぽろと涙が零れて、また視界が歪んでしまった。
それを自分で拭いながら、エレンの言葉を聞く。

「…そっか、俺が居ないと寂しかったか」
「うん…」
「俺が居ないと、駄目か?」
「エレンが居ないと、駄目なの…っ」

今の私にはエレンしか居なくて、エレンが居なくなったら、私は独り。
そんなの、耐えられる自信なんて無い。

「俺が居たら、それで良いのか?」
「エレンが居たら、それで良い…!」
「なら、他の奴は要らないよな?」

その一言に、一瞬肩がびくっと震える。
薄々感づいては居た。
この言葉を言わせる為に、今まであんな事をしてきたんじゃないかと。
でも、私はそれで良かった。
今の私は、エレンが全てなのだ。

「…うん、エレンだけ居てくれれば良い」
「…そっか」

エレンはふわりと綺麗に微笑んで、私を抱き締めてくれた。
温かくて、気持ち良くて、安心する。

「そうだよな。リルには俺さえ居れば良いもんな」
「うん…」
「俺も、リルさえ居てくれれば良い」

私の背中に回ったエレンの腕に力が入って、一層強く抱きしめられた。
その感触に幸せを感じて、目蓋を閉じる。
例えエレンに仕組まれていたとしても、今幸せなのには変わりはない。
だから、これで良い。
エレンがわざと私を独りにして、自分に依存させようとしていたとしても、今が幸せだから、これで良いのだ。







――――


菜緒様リクエストのヤンデレエレン夢でした!
もしイメージと違っていたらすみません(^_^;)
ヤンデレは大好物でして、でも自分の思った通りに書けなくて実は一回書き上げたのを没にしてしまいました(笑)
今回のは結構思った通りに書けたと思ってますが、なんか私の書いたヤンデレはヤンデレって感じが…しない…致命的…
最後らへん誘導尋問みたいになってますしね
因みにこのエレンは策士です
夢主が最後に思ってた通りです、全国のエレンファンに土下座です

勿論菜緒様の事覚えてますよー!
今でも来ていただいてるとは嬉しいです(≧∇≦)
夢主も褒めて戴いて…夢書いてるとやはり夢主が受け入れられるかどうか心配なので嬉しいです
これからもエレン愛で頑張りますのでよろしくお願いします
それでは、今回はリクエストありがとうございました!

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