宣言

※狩人の続き・引き続きR-15くらい


あの後こっちがもう動けなくなるくらいに求められたのは言うまでもない。言葉を紡ぐ事すら億劫になるくらい身体は疲れ果て、ぐったりとしたまま朝を迎えた。これから1日が始まると言うのにどうしてくれる。まだ横になっていたい衝動を抑え、いつも通りに朝食を摂り何時も通りに1日を終えた。そして何時も通りにベッドに入り、気がつくと何時も通りの違和感。やっぱりまたか、と思って目を開ければそこには見た事の無い光景が広がっていた。思わず目をぱちくりさせてしまう。

「…」

ええと、誰だっけこの人。今現在私の上に乗りかかっているこの男の人は。だけど既視感を覚える今の状況は慣れてしまったのかさほど驚く事も無く、意外と冷静に物事を考えられるようになっていた。取り敢えずは、なんて思って膝を上げ男の脇腹を蹴る。何故だか容赦なんてしなくても良いなんて思ってしまって、思いっきり蹴ってしまった。自分の足も痛くなるくらいに。

「…いっ、てぇ!」

男の人は蹴られた脇腹を抑え、声を上げる。私は更に男の人の体を思いっきり押して、その体をベッドの上から落とした。そして上体を起こし、枕元に置いてあるランプを点ける。
恐らく、この既視感を覚える光景から察するに、相手はアレなんだろうけど、一応訊いてみようか。

「…誰よ、貴方」

見慣れた黒髪じゃなく、ライトブラウンのツーブロック。細く切れ長の瞳は少し取っつきにくそうで、けれど私の素人丸出しの一撃を受ける辺り意外と隙はありそうだ。

「…いくらそう思ったからっていきなり蹴るか普通!?」
「襲われそうになったら蹴るでしょ!」

それも良く知らない人だったら尚更だ。先ずは自分の身を守るべし。それに、あの人じゃないんなら尚更遠慮なんて要らないと思った。私は思った以上にあの人を受け入れているらしい。

「…どうせ、インキュバスなんでしょ」
「…よく分かってんじゃねえか」
「先客が居るからね」

さて、私の予想が当たっていたところでどうするか。つまりは此処は夢の中で、この男は私の夢の中に入り込んだ夢魔で。夢から追い出すには、夢から醒めるにはどうしたら良いのか。そう思っていたら不意に窓が音を立てて開き、冷たい空気が室内に流れ込む。

「…お前何してんだよ」
「お前…エレン!」
「そいつ、俺のなんだけど」

エレンと呼ばれた、私が今までに何度も会って見慣れている黒髪の男は窓枠に座り、此方を見据える。一直線に向けられる視線にどうして良いか分からずに思わず顔を背けると、エレンは床を踏みしめ私に近付いてベッドに腰を降ろした。

「人のモンに手出すなよ、ジャン」
「お前のなんて分かる訳ねえだろが!」
「だけどもう分かっただろ。ほら、引けよ」

まるで犬等の動物を追い払うようにエレンは手を動かし、私を抱き寄せる。それはまるで自分の物だと誇示するようで、それが少し嬉しい、なんて思ってしまった。勿論口には出さないけれど。
そして引けと言われた男の人…ジャンは気まずそうに頭を掻き、床に手をついて身体を起こす。

「…ったく、最近なんか一人の奴にご執心かと思ったら、こいつだったのかよ」
「ああ。俺以外誰にも手出させるつもりないからな」

エレンはそう言って私の耳朶を舐め、甘噛みする。そこにじくじくと響くような痛みと熱にぴくんと肩を揺らした。

「こいつは俺が見つけた、俺の獲物だ。誰にも渡さねえよ」

首筋にちゅう、と吸い付かれ、跡を残すようにそこに歯を立てられる。ちくりとした痛みが一瞬したかと思えばその痛みを和らげるように熱い舌がそこを這った。
見せ付けるように行われるエレンの行動に、ジャンは少し頬を赤らめつつ目を逸らす。インキュバスの癖に、目の前でこうされると目のやり場に困るらしい。かくいう私も人前でこんな事をされるのには慣れていない。目蓋をぎゅっと閉じて、抵抗するようにエレンの胸板を押した。

「ちょっと…、えと、エレン…やめて」
「いやだ」
「子供か」
「子供じゃねーよ。子供だったらこんな事しねえだろ」

やめてと言っても、身体を押しても、エレンは私にキスするのを止めない。いやまあ、そもそも最初から私の言う事なんて聞いてくれて無いんだけど。だから本当に止めてくれるだろうなんて思って言ってる訳では無いんだけど。だけどやはり人が見てる所では気まずいのであって。

「ん…っ、ちょっと、も…やだって…」

目蓋に落とされる唇に自然と目を閉じれば、エレンの指が私の輪郭を伝い顎を掬い上げる。唇が重ねられれば啄むように押し付けられ、濡れた舌が唇をなぞった。

「ん、ん…っ。は、ん、む…っ」

エレンの舌が口内を舐り、喉の奥から息と共に吐き出される高い声に身体の熱が上がる。背中を這い上がるぞくぞくとした身体の疼きに思わずエレンの服を掴み、縋るような視線を向ければエレンは私の服に手を掛けた。横目で辺りを見渡せばジャンの姿は無く、いつの間にか帰ってしまったようだ。目の前でこんな事をされていれば当たり前だろうが、それにごめんと思いながらも少しだけ安心してしまった。
人に見せるような事じゃないそれを、止めてもらうよりも気にしなくて良いようになる方が、今の私は望んでいるようだ。シャツの釦を外され衣が肌の上を滑り落ちる感覚が心地いい。するりとシャツが滑り肌が露わになれば、興奮しているのか白い肌に赤みが差していた。

「…嫌じゃないだろ?」

そう悪戯っぽくエレンに言われれば、図星だと言わんばかりに顔に熱が集中する。今思えば、エレンにこうされる事自体は嫌だと思ってなかったかもしれない。嫌なのは何の感情も無い、ただ欲の赴くままの行為で、少しは私と言う存在に執着があると分かった今は微かに受け入れても良いかと思い始めている。だけど今まで嫌がっていた分それを素直に表に出す事は出来なくて。

「…い、嫌」
「嘘つくなって」
「ひゃ…っ」

突っぱねたように言えば直ぐにエレンはそれを嘘だと返し、背中に手を回してブラのホックを外す。

「お前、顔に出やすいんだよ。本気で嫌がってないだろ?」
「…っ」
「俺の事、嫌いか?」

此処で嫌いと言ってこの関係を終わらせる事は簡単だ。元々乗り気では無かった、私の意思に背いていた事だし、此処で嫌いと言ってしまえば。そう思っても、口に出す事は出来なかった。嫌いという相手を否定する言葉と、この関係を終わらせるという事を躊躇ってしまったのだ。それは勿論少なからずそれを嫌だと思ってしまったからだろう。どうして嫌なのかなんて、そんなの答えは一つしかない。

「…嫌いじゃ、ない」
「だったら、好きって言う事だよな」
「…エレンの頭にはその二択しかないの」
「曖昧なのは嫌いなんだよ」

エレンの言う通り、私がそれを嫌だと思うのは裏を返せばエレンの事が好きだという事になるのだろう。だけど、だからと言って好きだと自ら口に出せる程好きかと訊かれたら答えはノーだ。ただ、少しだけ好きっていう方に気持ちが傾いているだけで。

「俺はお前が好きだから、お前に俺の子供を孕んで欲しいんだけど?」
「ちょ、直球すぎ…!」
「本当の事だし、わざわざ遠回しに言う必要もないだろ?」
「それはそうだけど…っ」

でもやはりある程度羞恥心を兼ね備えた女の子に対して、少しばかり言い方というものを考えてほしい。直球なのは分かり易いが、恥ずかしいのだ。顔が火を吹きそうなくらい熱くなって、逃げるように後ろに下がればベッドの柵に背中が当たり、私の背中が触れた柵の横にエレンの手が置かれる。距離が詰められ、逃げられないようにか私の肩にもエレンの手が置かれ、こう言われた。

「…俺最初に言ったよな、逃がさないって」
「…う、うん」
「長期戦になったとしても、諦めるなんてないから覚悟しろよ」

それはつまりは何れ落とすんだからさっさと折れた方が楽だぞと暗に言っているのか。どんな宣戦布告だ。そしてそれにどきどきしている私も。
もしも、もしもこんな簡単に受け入れる事を躊躇うような始まりで無かったら、きっとエレンの事を受け入れていた事だろう。強引なのは嫌いでは無い。ただ、やはり始まりが引っかかっているだけで。素直になれないのは、ただそれだけなのだ。

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