狩人

※甘言の続き・R-15くらい


図書館に行ってもの耽る事3時間。ここの書物の量はこの地域随一の広さで、そう言ったように広さに呼応してかそれなりに人も来る。だが本を読む人へと配慮が行き届き、座れる場所が直ぐに見つかる状態だ。此処に来る人達はマナーも良く精々本の頁を捲る音が響くくらい。それが心地良くて、だが私が今まさに手にしている本の内容には落ち着かない。それはその本の内容が内容だからだ。
初めはただ別の何かで頭の中を埋め尽くす為だった。何かストーリー性のある物を読めばそれで頭の中は一杯になって、あの夢の事なんて直ぐに気にならなくなるだろう。そう思って読んだ事の無い本を手に取り、席に座って頁をぱらりと捲ったまでは良かった。そこからはただその本の内容を頭に入れる為に文字を追っていくだけ。元々本は好きだし、未だ読んだ事の無い本だ。きっと読み始めれば先の展開が気になって一気に読み終わってしまうだろう…そう思っていたのだが、どうやらそれは違うようだ。
何故か本を読み進める事が苦痛で、それでも読もうとしても一文字ずつ視界に入れるだけで、頭の中に文章として入ってくる事は無かった。勿論そんな事では直ぐに読むのが面白く無くなって、ぱたりと本を閉じてしまう。何か別の本にしようと思っても中々決めきれなくて、適当に取った本を開けば頁をぱらりと捲っただけですぐさま閉じ、元の場所に戻すの繰り返しだった。どうしてもあの夢の事が気になってしまい、他の事で頭の中を埋め尽くすのを良しとしないのだ。
そんな中、とある本だけはぱらりと頁を捲り、そのまま本を閉じずに自然と読み進めていた。夢の中での、とある出来事。それはまさに私が体験したような事で、その話の中で出て来たインキュバスという単語が印象に残った。それは何だろうと館内をその情報が載っている本を探し、やっと見つけた本が今読んでいる本だ。
あの夢から逃れたいと思っているのに、どうしてわざわざ自分から近づいていくような事をするのか。馬鹿な事をしていると思いながらも、純粋な好奇心故か欲しかった情報から目を背ける事は出来なかった。

「…」

インキュバスとは、男性の夢魔である。その簡潔な一文から始まり、更に詳細に掛かれている文を読み進める。寝ている女性の夢に侵入し、性交を行い悪魔の子を孕ませる…そこまで見た所で思わず腹部を抑えた。
…まさか、ね。そもそも、ただの淫夢かもしれないのだ。というかそっちの可能性の方が明らかに高い。こんなの作り話みたいな、空想上の存在としか思えないもの。きっとただの偶然だと、それでも胸に残る不安感を紛らわすように、本音は何か対策が無いかと更に文字を目で追った。こんなの信じないと思っていても、どこかで本当にあったりしないかと思ってしまったのだ。信じないと言うより、信じたくないと言った方が正しいだろう。
それから更に読み進めてみても、一説にはインキュバスとサキュバスは同一の悪魔で、サキュバスの姿で絞り取った精をインキュバスの姿で女性に注ぎ込み、孕ませるといった記述しかなかった。そんなの、結局のところインキュバスとサキュバスが同一の悪魔だったとしても、大して変わりは無いじゃないか。そして圧倒的な情報不足に、頭を抱えて肘をつく。
…きっと、気にしすぎなだけで、現実にはこんな悪魔居ない筈。そう言い聞かせながらも一度気にしてしまうと簡単に思考を変えられないのが人間であって、違和感を感じる下腹部に手を当て図書館を後にした。

それからは成る可くあの夢を気にしないように、なんて考える程に脳裏にあの光景が焼き付いて、逆に気になってしまっていた。私が楽観的な性格だったらどれほど良かっただろうか。もしそうだったら忘れはしないまでも直ぐに気にならなくなって何時もの日常を続けていた筈なのだ。きっと次の朝を迎えた時には夢として処理出来て、何れ忘れられていた事だろう。
それなのに、今は夢から醒めた時よりも気になってしまっている。家への帰路の中、無駄だとは分かっていても他に気になる事は無いだろうかと視線を巡らせた。けれどやはり見つからなくて、疲れ切った頭を休ませるために家に着いたら直ぐにベッドに倒れ込んだ。頭だけじゃなく身体も疲れていた私は、心地良いベッドの感触に誘われるように眠りに就いた。



「…ん」

唇の形を確かめるようになぞるなにか。それが今度はふに、と柔らかさを確かめるように触れてきて、何事かと目蓋をゆっくりと開く。はっきりとしない視界に浮かび上がったのは人影で、見慣れないその人物を確かめようと眠気を払ってピントを合わせる。誰だと声に出して尋ねようとしたが、その姿を確認すると途端に身体が跳ね上がった。

「…!」

間違いない、この人は昨夜夢に出て来た男の人だ。条件反射で身体が強張って思わず男の人の身体を突き飛ばそうとするが、楽々とその手を掴まれその行動は無駄に終わった。

「…いきなり何だよ」
「だ、だって…!」

昨夜あんな夢を見て、こんな上に乗られている状態で抵抗しようとしない人が居るだろうか。身の危険を感じてでも大人しくしてるような人が居るなら教えてほしい。

「き、昨日あんな事されて…っ。そんな人に抵抗しようとするのは当然だと思うんだけど!」
「お、ちゃんと覚えててくれたんだな」
「そこじゃなーい!私の話ちゃんと聞い…ん…っ」

間髪いれずに男の人の唇が言葉を遮るように私の唇に触れた。触れた唇の感触も良く分からないまま、直ぐに舌を絡め取られて口内を舐られる。

「…んっ、ん、ん…っ」

唇をしっかりと押し付けられている所為で口内で発せられる水音が脳に響くように耳に届き、それが恥ずかしくて目を閉じてもそれからは逃れられない。ざらついた舌が口内を這い上顎をなぞり、ぞくぞくとした感覚が背中に広がった。それと同時に、あまりの気持ちよさに身体から力が抜けていくのも感じる。
駄目だと分かっているのに、身体は思い通りに動いてくれなくて。男の人を押し退けようとした手はただ触れているだけで、力は入ってはくれなかった。

「んん…っん、は…っ」

漸く唇が離されて、酸素を取り込もうと荒い呼吸を繰り返す。そんな私とは対照的に男の人は余裕綽々な表情で、私のシャツの釦へと指を伸ばした。

「…っ止め…っ」
「そう言われて止める訳ないだろ?お前はやっと見つけた獲物を前に引いたりするのか?」
「それは…っ、そんなの…例えが悪いじゃない…!」

確かに、やっと見つけた獲物を前に引くなんて事はしないけれど。だけど、それを今この状況と掛けるなんて何を考えているのか。こんなの間違ってると言いたいのに、男の人の持ち出してきた例えの所為でどう言っていいのか分からない。
男の人は私の言葉が詰まるのを確認すると、ふっと笑ってシャツの釦を外していく。どんどん露わになっていく肌に羞恥心を覚えこれ以上脱がされないようにとシャツを抑えても、やんわりとそれを解かれ簡単に前をはだけさせられた。

「例えが悪いって言われても、実際そうなんだからしょうがないだろ」
「な…っ」

つまり私は彼にとって獲物と言う事か。何の、と疑問が生まれても図書館で読んだあの本の内容が全てを物語っている。恐らく目の前の彼はあの本に書かれてあったような存在なのだろう、多分。
でもどうして私なのか。彼の事は全く知らないし見た事も無い。接点なんて全く無い筈なのに、どうして私を獲物として狙っているのか。私はそれが気になったのだ。
こんな広い世界の中で、私よりも美人な人は大勢居るのに、どうして私なのか。

「なんで、私なの…っ」

そんな疑問が口をつついて出た。遅かれ早かれ何れ口に出していただろうが、もっと良いタイミングは無かったのかと言った後で思った。
彼はそんな私の質問もどこ吹く風で、露わになった首筋を指でなぞりそこに舌を這わせる。ちゅう、とそこを吸われればちりっとした痛みと熱を感じて、ぴくっと肩が震えた。

「ん…っ。なんでって…、気に入ったからじゃ、駄目なのか…?」
「…っだから、なんで、私を気に入って…っ」

そんな一言だけじゃ済ませたくない。
こんな状況で、しかも何故かまともに抵抗出来なくて。実のところ私は少しこの状況から脱する事を諦めていた。
だからせめて、私を獲物として見た明確な理由を聞きたいのだ。私が理解して、納得出来る理由を。そうすれば少しはこの状況を自分から受け入れられる気がして。

「直感でピンときたんだ。一目惚れって奴じゃ、駄目なのか…?」
「一目惚れって…っ」

だが私が彼から受け取った言葉は一目惚れという言葉だった。出会いがあれだったから一瞬、やはり明確な理由が無くてとってつけたのかと思ったが、彼にはそんな感情は感じられない。嘘では無いような気がしたのだ。
だけど、だからと言ってその理由で全てを許せる訳も無く、拒否の態度は崩さないままに彼の唇を受け入れた。

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