once more

※甘えの対象の続き


あれからはとんとん拍子に話は進んでいった。リヴァイさんの申し出を受けた事で私は名実共にリヴァイさんの、魔王様の妻となり、城に住む事になったのだ。両親には事の顛末を話に行った瞬間倒れられたが、私が大丈夫だと言うと渋々ながらも許してくれた。もし嫌な事があったら直ぐ逃げてくるからと言ったのもあるだろう。何より、心配されるような事は無いという表情をしていたのが大きいかな。それにリヴァイさんも時々城から私を此処まで連れてきてくれるとも言っていて、偶に会えるのだから大丈夫だと思ってくれたんだろう。
それから城に戻り、私は自分の部屋をあてがって貰える事になった。エレンに用意されたその部屋は広く、クリスタとユミルの部屋のようにバスルームもついていて、凄く上等な部屋だ。ベッドも心地よく身体が沈む感じが気持ち良くて、このまま眠ってしまいたいぐらい。

「それにしても、リルさんがこんなに早く結論を出してくれるとは思いませんでした」

そう言ってエレンはタオルを置きにいったバスルームから帰ってきて、私に話し掛ける。それにしてもって、そもそも私がこの状況をどうにかしないとと思い始めたのはエレンの言葉が原因なのに。

『…もしかしたら貴方に危害を加える結果になるかもしれない、という事ですよ』

その言葉に私は自分の身に危機感を覚え、本気で真面目に考えなければと思ったのに。

「…エレンが脅しみたいな事言うから、どうにかしないとって思ったんじゃない」
「脅し?」
「私がエレンに城を案内してもらってた時、リヴァイさんの妻にならないと私の身に危害が及ぶみたいな事言ってたでしょ」
「…ああ、あれですか」

あれですかって、私にとってはかなり人生の岐路に立たされた言葉だったのに、エレンにとってはその一言だけで済まされる言葉なのか。何だか釈然としない、と思っていると、エレンがとんでもない事を言い出した。

「ただのハッタリだったんですが、リルさんまんまと引っ掛かってくれたんですね」
「え?」

その言葉に、咄嗟に出たのは意味の無い声だった。エレンはそれに対して上手く聞き取れなかったと思ったのか、再び簡潔に言う。

「だから、あれはハッタリです」
「…え?」

だけどやはり上手く飲み込めなくて、思わず二回も聞き返してしまった。えと、ハッタリってどういう事だ。そしてまんまと引っ掛かってくれたとは。

「そもそも考えてみて下さいよ。魔王様が娶ると言うくらい貴女の事を好きなのに、そんな貴女に俺が手を出したらどうなります?」
「…どうなるの?」
「魔王様に殺されるかもしれませんね」
「え」

あまりにもあっけらかんとして言うものだから、それに吃驚してしまった。それと同時に少しだけ思考が停止して、理解し難い返答にエレンを見れば、エレンは挑発的な笑顔を見せる。エレンが言うハッタリを言った時と、同じ顔。

「そんな風に俺にも危害が加わる事は分かっているのに、貴女に手を出そうとはしませんよ。魔王様を選ぶにしろ選ばないにしろ、貴女を殺そうだなんてするつもりは最初からありませんでした」

ええと、つまりはエレンが言ってたのは嘘で、私はその嘘を本気にしてしまったと。私はまんまと手の平の上で転がされていたと。ああ、なんだか脱力。あれで私は凄く緊張したと言うのに。

「…なにそれ。私凄く吃驚したんだよ、あの時」
「すみません。でも、今更前言撤回なんてしませんよね?」
「そりゃ、撤回する気なんて無いけど…」

今更エレンの言葉がただのハッタリだった所で、確かにリヴァイさんの妻になるという事を撤回する気は更々無いけども。だけど、やはり年下の男の子に良いように思考を誘導されていたのが何だか悔しい。何かお返ししてやろうかと考えていると、不意にドアを叩かれガチャリとドアノブが回された。

「…エレン、リルさんを連れてきてと、…魔王様が」

そのドアの向こうから姿を現したのはミカサだった。エレンはその言葉を聞いてから私を見て、微笑みながらこう言う。

「…では、魔王様の所にお連れしましょうか」
「…うん」

そう言って伸ばされたエレンの手を掴み、ベッドから腰を上げた。エレンに手を引かれるままこの部屋から出て、談笑を交えながらリヴァイさんの部屋へと向かう。コツコツと控え目な足音を響かせながら、廊下を歩いていった。エレンは時々私を振り返りながら喋り続ける。

「用意はしましたが、あの部屋が使われる事はあまり無いかもしれませんね」
「ええ!ちゃんと使わせてもらうよ!折角用意してくれたんだし…」
「リルさんはそうでも、魔王様がきちんと毎晩部屋に帰して下さるかは分かりませんので」
「ちょ…っ」

そういう意味か!そう突っ込みたかったがそれを抑え、廊下からホールへと入り更に奥へと進んでいく。そしてリヴァイさんの部屋の前へと着けば、エレンはノックをするよりも先に私に向かってこう言った。

「…何はともあれ、婚姻おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「本当なら盛大に祝う事なのですが…本当に良いんですか?」

エレンが言いたいのは、恐らくパーティーの事だろう。何時もだったら魔王様が妻を迎える時は豪勢なパーティーをするらしい。だけどそれは私の性に合わなくて、自ら辞退させてもらったのだ。

「…良いの、あんまりそういう事慣れないし。皆からお祝いの言葉も一杯貰ったし、それだけで充分だよ」

何しろ魔王様が人間を妻として迎えるなんて前例の無い事を此処に居る皆は受け入れてくれて、おめでとうと言ってくれて、それだけでもう充分過ぎるくらいなのだ。

「…そうですか。それなら良いんです。では」
「うん、ありがとうエレン」

私がそう言うとエレンは下がっていって、エレンが見えなくなってからリヴァイさんの部屋のドアをノックした。一拍置いて口を開き、呼び掛ける。

「…リヴァイさん、リルです。開けて良いですか?」
「ああ」

リヴァイさんの返事を聞き、ガチャリとドアを開けた。ドアの向こうを見るとリヴァイさんは珍しくデスクの椅子に座っており、部屋の中に入りドアを閉めてリヴァイさんに歩み寄る。

「…どうしたんですか?」

本当に珍しい、そう思ってそう聞いてみた。今までリヴァイさんはベッドの端に座ってる所しか見た事無いから、今日に限ってどうしたんだろうとデスクの上に出されている本を覗き見る。そこには新郎新婦らしき姿と、その背景にチャペルがある写真が印刷されていた。

「ああ、お前ら人間はどうやって婚姻の儀を済ますんだろうなと思ってな」
「…結婚式の事ですか?」
「そうだ。折角の機会だからな、お前はどうしたい」
「えっと…」

結婚式、か。確かに一生に一度だろうから体験してはみたいけれど、エレンからパーティーの申し出を断ったし、あまり堅苦しいのも苦手だし。何しろ今こうして居るだけで充分幸せだし、これ以上を求めるのも何だか罰当たりな気がして。

「…結婚式は、いいです」
「…どうしてだ」
「今こうしてリヴァイさんの側に居られるだけで、…その、凄く幸せで、充分って言うか」
「だが折角の機会だろう。遠慮はしなくて良い」
「え、遠慮って訳じゃなくて…」

確かに少し遠慮の気持ちが含まれているが、今こうして喋った言葉もけして嘘ではない。今のままで充分。それは本当だ。今のままで充分満たされている。

「本当に、充分です」
「だが…、いや、結婚式が嫌だと言うなら他の事でも良い。何かしたい事は無いのか」
「ええ…」

何かしたい事と言われても。いきなりそんな事言われても特に思いつかない…とまで考えて、リヴァイさんはもしかして結婚式がどうとかよりも、折角の機会なのだから何か我が儘を聞きたいと思っているのだろうか。現にリヴァイさんは答を待つように私をじっと見て、何か言わないと許さないとその眼で語りかけてくる。

「…そう、ですね…」

これは何か言わないとこの話は終わらないだろう。そう思い必死に思考を巡らせる。だけどやはりどれだけ考えても答は出なくて、何でもいいから何か、と思いながらしたい事を求めてデスクの上に視線を移した。そこにはさっきリヴァイさんが読んでいた本が置いてある。…これだ。これから連想させる結婚式、それの一大イベントと言えば。

「えっと、キス…とか」
「キス?」
「はい。あの…結婚式の時って誓いのキスをやるんですが、それを此処で。二人だけで、良いので…」
「…そんなんで良いのか」
「そんなんって…、結婚式で一番の山場だと思うのですが…」

実際は司祭様が居ないとだけど、今はそれだけで充分だ。寧ろ少し欲を出したぐらいで、リヴァイさんにそんなんと言われる程度の事ではないと思っている。

「…だめですか?」
「いや、良いだろう」

そう言ってリヴァイさんは椅子から立ち上がり、私を見据える。

「…どうすればいい」
「本当は司祭様が色々仰ってくれるんですが…今回は二人だけなので、普通にキスだけで良いです」

再び再会してから今まで、キスをしたのは記憶改竄の魔法を解く時だけ。結婚式らしい事をしたいと言うのと、ちゃんとキスをしたいと言う二つの気持ちがあった。だからキスを強請ったのだ。
じっとリヴァイさんを見詰めて、リヴァイさんが私の顎を持ち上げれば自然と目蓋を閉じる。この、いつ来るのかわからない時間がどきどきする。少し顔が近づいたのかリヴァイさんの熱が感じられて、軽く吐き出された息が唇に触れた。そして漸く唇に触れるリヴァイさんの唇の熱とその柔らかさ。やっぱり、気持ちいい。それを味わうように自分からも少し寄れば、少し強めに吸われて唇が離される。それが名残惜しくてついリヴァイさんの服を掴むが、リヴァイさんは私を見てこう言うだけだ。

「…これで良いのか」
「う…、えっと…」

少し息は上がって、顔は熱くなって。もっとしたいとでも言うように私の唇は少し開いている。だけど誓いのキスなんてものは一回だけだ。それにまた強請るのも恥ずかしいし、と何も言えないでリヴァイさんを見ていると、リヴァイさんはふっと笑った。

「…言いたい事があるなら言え。叶えられる事は何でも叶えてやる」

そのリヴァイさんの言葉に、喉まで出掛かっていた言葉がするりと声に出た。折角、折角の機会だから、少しだけ羞恥心を抑えて甘えてみようかと思ったからだ。

「…も、もう一回、したいです」
「…それで良い」

リヴァイさんのその満足そうな顔にどきりとして、再び近づけられる唇を受け入れるように目蓋を閉じた。

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