オンリーユー

ベルトルトは一人暮らしをしている。
その事実を知った時、凄いなあと云う感想を漏らした。
私は実家暮らしで、一人で食事やら掃除やら洗濯やらを出来る自信が無い。
数日くらいなら頑張れるかもしれないが、学業と併行して行うのは結構骨が折れるんじゃないのか。
そう思って大変じゃない?と聞いたら帰って来た返事は「慣れれば大変じゃないよ」だった。
そうか、慣れるまではやはり大変なのか、と、今までベルトルトが一人暮らしを頑張ってきた事に感心する。

「へえ、でも一人暮らしって楽しそうだね」
「そうかな?」
「だってプライベートな空間が持てるじゃない?人の目を気にせずに好きな事出来そう」
「…でも、一人暮らしはやっぱりちょっと寂しいよ」

そう言ってベルトルトは少し寂しそうに笑う。
誰にも遠慮しなくて良いプライベートな空間って良さそうだと思ったのだけれど、実際そんな事は無いのだろうか。
確かに家事を全て自分でやらないといけないという、マイナス点はあるが。

「あ、だったらさ、今度遊びに行っても良い?」

一人暮らしのベルトルトの部屋、少し興味があった。
何時も外に行って映画だったりカラオケだったりゲーセンだったりで、ゆっくりと二人で過ごした時間はあまり無い。
偶には部屋の中でごろごろしてても良いんじゃないか、と思ってそう言った。

「…え、でも、特に何も無いよ?」
「だったらDVDとか借りてきて一緒に見るとか?ゲームとかは無いの?」
「うーん、リルがやるようなのは無いかも…」
「私は浅く広くでまあまあ何でもやるよ?」

その代わりどれもあんまり上手く無いけどね、と言って笑う。
大凡私には競争心と云うものがあまり無くて、楽しめれば良いという考えの下娯楽をやっている。
だからかアクションゲーム等では良くゲームオーバーになる。
それでも苛々せずに何回もやっているのは私に競争心と云うものが無いからだ。
つまり、負けたりするのが嫌じゃない、と云う事。
友達がやれなくてプレイを投げたりするゲームをクリア出来ないながらも楽しんでやっていたら、良くやるねーなんて言われた。
多分、やり込んで上手くなったらもっと楽しめるのだろうけど、今のままでも楽しめる。
だったら今のままで良いや、と上達を諦めてしまうのだ。

「別に何も無くても良いよ?二人でごろごろしてるだけでも良いじゃない」
「…そう、だね。じゃあ今度の土曜とか?」
「お泊まり?」
「ちっ、違うよ!」
「ちえ」

二文字で、不満を表す。
土曜なんて、次の日休みじゃない。
お泊まり出来るじゃない、なんて考えて違うと拒否された事に落胆する。
ベルトルトの家にお泊まり、楽しそうなのにな。

「ほ、ほら、まだ学生だし、あんまりそういう事は…」
「堅い!頭がお堅い!別にピーしようとか言ってる訳じゃないんだから」
「わあああ!」
「むぐ」

一応自主規制で敢えてそのまま言わずに濁したのに、ベルトルトは慌てて私の口を抑えた。

「ちょ、あんまりそういう事大声で…」

そう言って周りをきょろきょろと見渡す。
幸いと云うべきか此方に注意している人は居ないようで、ベルトルトはそっと胸をなで下ろし、私の口から手を離した。
でも此方人等そんな事はどうでも良いのである。
これくらいで狼狽えるなんて、思春期男子か。

「今思ったけど任意の所をピーに変えると一気に不適切な事しようとしてるように聞こえない?一緒に勉強しよ?とかでも一緒にピーしよ?って言ったらいやらしい」
「人の話聞いてる!?」
「大丈夫聞いてる。だから大声では言ってないよ」
「わかった言い直すよ。あんまりそういう事言わないで」
「了解です」

びしっ、と右手を額の前で斜めに当てて、敬礼のような事をする。
これだから、私より大きい癖に私より臆病だから、苛めたくなってしまう。
おろおろするのが可愛くて、もっとその顔を歪ませてみたいなんて思うのは、女の子としてはアウトなのだろうか。

「ところでお泊まりの話に戻るけど」
「…だからお泊まりじゃ」
「良いじゃんお菓子とか飲み物買って朝まで遊ぼうよ」
「ごろごろするだけで良いって言ってなかったかな」
「出来る事なら宴会騒ぎしたいです」
「…駄目」
「いたっ」

そう子供を諭すように言われて、額をぺちんと叩かれる。
全く痛くは無いのだけれど、ちょっと大袈裟に反応してみるとベルトルトは途端に慌てて謝ってきた。
やばい凄く楽しい。

「だったらお泊まり良い?」

ここぞとばかりにそう言ってみる。
ベルトルトは押しに弱い、そう学んだからだ。
最初こそ駄目なんて言うが、何度も言うと渋々受け入れてくれる。
しかも今は私への罪悪感で、きっぱりと断る事すら満足に出来ないだろう。
押すなら今しかない。

「お泊まりしよーよーベルトルト」
「う…」
「ね?」

首を傾げて、そう強請ってみる。
机の上に乗せられたベルトルトの手に自分の手を重ねてぎゅっと握ると、ベルトルトの頬は見る見るうちに紅潮して、顔を逸らすように下を向いた。

「…やっぱり駄目?」

少し不安そうに装ってそう問いかけてみると、ぎゅっと握ったベルトルトの手に力が入る。
手が、少し熱い。

「…ベルトルト?」

再度答えを促すように名前を呼んで、人差し指でとん、と握った手を軽く叩く。

「…もう。わかった、良いよ」
「やった!ありがとーベルトルト!」

心の中で勝った、と思った。
思った通り、ベルトルトが折れた。
これから先、ベルトルトのおかげで無駄に演技力がつくような気がする。

「お菓子とか飲み物とか買っていくね!あ、そう言えば家どの辺?」
「騒ぐのは確定なの…?…うん、そうだね…。駅の近くだから、其処で待っててくれれば迎えに行くよ」
「了解!楽しみだな〜。ゲームも何か持ってきた方が良い?」
「リルが好きなようにしてくれれば良いよ」

好きなように、か。
それが一番困る返答だ。
一応何か持って行こうか、と思って、ある事を思いついた。

「ホラーゲームとか大丈夫?」
「え!?あ…、それは…ちょっと…」
「わかった持ってくる」
「嫌がらせ!?」

まさか、と笑って今度の土曜日に期待で胸を膨らませる。
あと2日、あと2日待てば初めてのベルトルトの家だ。
どんな感じなんだろう、ベルトルトの事だから綺麗に片付いているのかな。
普段の優等生ぶりからしてそんな感じがする。
そうやってあれこれ考えながら、ベルトルトの家に行くまでの2日間は異様に長く感じた。
楽しみ過ぎるイベント事って、そこに行き着くまでの時間が凄い長く感じる、なんて思って小学生の頃の遠足を思い出す。
いやいや、もうそんな子供では無いのだから私は少し落ち着いた方が良い。
はやる鼓動を抑えて、待ち合わせの時間より15分程前に駅に着いた。
荷物が重い、それに加えて少し寒い。
タイツを履いた足元が風に晒されて、やはりズボンにすれば良かったかと若干後悔した。
それでも出来る限り可愛く見られたいのが女の子なのであって、脚を摺り合わせて寒さを紛らわせる。
はあ、と息を吐くと目に見えて白くて、今日は結構寒い日なのだと再確認した。
私よりも薄着な人は結構居るし、まあ、浮いては居ないだろう。

「リル」

近くで、優しい声が聞こえた。

「ベルトルト!」

振り返って見ると、其処には私服に身を包んだベルトルトが居た。
何時ものようにこれからゲーセンだとかカラオケだとかじゃなく、ベルトルトの家に行くのだと言う事が少し恥ずかしく感じる。
自分から言い出した事だけれど、よくよく考えると結構恥ずかしい。
ベルトルトの家には遊びに来ただけ、それで朝まで楽しむ為に泊まるだけ、それだけだ。

「…えっと、じゃあ、行く…?」

きゅっとベルトルトの袖を引っ張って、羞恥心で熱を持った頬を見られないように顔を背けて、そう言った。
寒いからか、頬が凄く熱く感じる。
だけど、ベルトルトは一歩も動かずに、その場で口を開いた。

「その前に、ごはんはどうする?」
「え?」
「夜ごはん。何が食べたい?」
「ベルトルトが、作るの?」
「うん、リルが好きなの作ろうかなって。二人で買い出しに行こうよ」
「う、うん」

てっきりベルトルトの家まで直行かと思ったが、とんだ回り道だ。
袖を掴んだ手はあっさりとベルトルトに掴まれて、図らずも恋人繋ぎになる。
手から伝わる体温が、温かい。

「リルの手、冷たいね」
「…ベルトルトが温かいの」

そう言って握られた手を握り返した。
手袋とかは一切付けていないのに、手が冷たくなってないと云う事は家は結構近くなのだろうか。
引っ張られるままに歩を進めて行って、大きなスーパーに着いた。
ベルトルトは篭を取って、此方に向き直る。

「何が食べたい?」

何でも良いよ、と言ってくれて、一瞬考えて口に出す。

「んー、パスタ、とか?」

何でも良いとは言ってくれているけど、あまり手間が掛かる料理は避けたい。
パスタなら私でも何種類か作った事はあるし手伝えるだろう。
恐らくこんな時の定番であるカレーは何となく、今の気分じゃない。

「二人でソースから作ってみない?ベルトルトだけに料理やらせるのはあんまり…」
「わかった。じゃあ何にしようか?」
「カルボナーラならパスタ茹でてる間に準備出来ると思うけど…」

何回か作った事もあるし、材料も手順も全部覚えてる。
自分で思ってたよりもずっと簡単で、初めて作った時以来一人パスタの時は大抵これになっている。
もたつく事も無いだろうし、クリーム系のパスタが好みと云う事もあって、そう言った。

「だったらそれにしようか」
「うん!」

ベルトルトと一緒に料理、それだけで何故か楽しくなってくる。
どこか子供の頃に戻ったみたいだ。
まあ、世間から見たら私もベルトルトもまだ子供なんだろうけど。
話が纏まった所で、材料を次々に篭の中に入れて、レジを済ませた。

「リル、こっち」

そう言ったベルトルトの後ろを着いて行くと、見えてきたのは比較的新しいと思われるマンションだった。
きっと内装も素敵なんだろうな、と想像しながらマンションに入り、ベルトルトの家へと足を踏み入れる。
予め買っておいた菓子類を玄関に一旦置かせて貰って、ショートブーツを脱いだ。
緊張しながら、家に上がる。

「…わあ」

思った通り、と云うべきか。
中はすっきりしていて、無駄な物が無い感じだ。
良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景。それでもやはり少しは生活感というものが見て取れて、決して片づきすぎてて逆に落ち着かない、なんて事は無い。
部屋もそれなりの広さで、一人分の生活スペースはこれくらいなのか、と何れ訪れるであろう一人暮らしに胸を高鳴らせた。
やっぱり、ただの無い物ねだりかも知れないけど、一人暮らしは羨ましい。

「冷蔵庫はこっちだよ」
「あ、うん」

がさ、とスーパーで買った物が入った袋を持って、キッチンへと向かう。
ちら、とIH調理器を見てみると、汚れなんて殆ど無くて、まめに掃除してるんだなあと思った。
そういう所が、ベルトルトらしい。
冷蔵品を全て冷蔵庫の中へ入れると、リビングに通されて、其処でちょっと待ってて、なんて言われた。
キッチンからは食器の音と湯を沸かす音が聞こえる。
おそらくお茶か何かを淹れようとしてくれているのだろう。
私相手にそんなもてなさなくて良いのに、なんて思いながらも大人しくその厚意に甘える事にした。
どこに座ろうかとリビングを見渡すと、ソファーが一つあって、クッションが無造作に置いてあった。
一人暮らしの家には似つかわしくなく、3人くらいなら並んで座れそうだ。
其処に腰を下ろし、置いてあったクッションを胸に抱く。
柔らかくて、思わず顔を埋めてみると、微かにベルトルトの匂いがした。
それだけで何故か安心して、ソファーの背もたれに身体を預けてぎゅうっとクッションを抱きしめる腕に力を入れる。
なんか、幸せだなあ。
そう思いながら、ベルトルトの家の中をきょろきょろと見渡す。
机の上には本が一冊あって、何だろうと思って手を伸ばすと、タイミング良くベルトルトが飲み物を持ってきた。

「ココアで良い?」
「うん、ココア好きだよー」

伸ばした手を引っ込めて、クッションを横に置いて差し出されたココアを受け取る。
ベルトルトは珈琲のようだ。
寒い冬は何故か温かいココアが飲みたくなるから、素直に嬉しい。

「良かった。リルはココアとかが好きかな、って思ってたから」
「…ありがと」

にっこりと微笑まれて、私の好みがベルトルトに理解されていると云う事が嬉しくもあり少し恥ずかしくもあり。
短い御礼を言ってココアが入ったマグカップを両手で持つ。
湯気が立つココアはまだ熱そうで、ふうふうと少し冷ます為に息を吹きかける。

「何、しようか」

コーヒーカップを持ったまま、ベルトルトが私の隣に腰を下ろす。
体重で少しソファーが沈んで、二人で並んで座っているという事実に少し気恥ずかしさを覚えた。
両手で暖をとるように持っていたココアを、そんな気持ちを紛らわすように口に含む。
甘くて、温かい。

「一応、ゲーム持ってきたけど」
「何持ってきたの?」
「ホラーゲームとアクションゲーム」
「結局ホラーゲーム持ってきたんだ…」

季節外れじゃない?なんて言われて、じゃあ夏だったらホラーゲーム一杯するの?と聞き返したら無理だと即答された。
おいおい、どれだけ怖がりなんだ。

「だったらこっちやろ?」

そう言ってアクションゲームの方を取り出す。
二人プレイが可能だし、友人と一緒にする時の定番だ。
ベルトルトもそれなら、と言ってディスクをハードに挿入する。
それからはベルトルトの意外なゲームの上手さに見とれて、元から上手くもない私の操作が更におざなりになった。
暫く二人でゲームを楽しんでから、ふと窓に目をやると外が暗くなってきて、ごはんを作る為キッチンへと移動する。
ベルトルトは大きな鍋にお湯を沸かして、パスタをくっつかないようぱらりと入れた。
私はその隣でソースを作る役だ。
オリーブオイルでベーコンをソテーして、パスタの茹で汁を加え乳化させる。
そこに茹で上がったパスタを入れて和え、生クリームを加え沸騰したらチーズと卵黄を入れて手早く混ぜる。
軽くとろみがついてからお皿に盛り付け、ブラックペッパーを挽いて完成だ。
本当ならもっと手間を掛けた方が良いのだろうが、二人で食べるならこれで充分だろう。
リビングへ運んで、二人向かい合わせに座ってパスタを食べる。

「…美味しい?」

一応何度も作って味は覚えているが、ベルトルトの口に合うのかどうかが解らなくて、そう聞いてみた。
人に手料理を食べて貰うのってこんなに緊張する事だったのか、と思い自信が持てるくらい料理していれば良かったと少し後悔する。

「うん、美味しいよ」
「ほんと?良かったー」

ほっと、安堵する。
私の味覚がベルトルトと近い事が嬉しくて、少し顔が綻んだ。

「ね、これからも時々遊びに来て良い?」

スプーンの上でくるくるとフォークにパスタを巻きつけながら、そう聞いた。

「うん。事前に言ってくれれば、良いよ」
「やた!」

快い返事が返されて、思わず喜びの声をあげる。
まるで子供みたいだ。
嬉しい事は嬉しい、嫌な事は嫌と態度にはっきり出てしまう。
他の事柄にはそういう事はあまり無いのに、ベルトルトに対してだとこうなってしまう。
これはある意味ベルトルトの優しさに甘えているのか、と考えた。
ベルトルトなら何でも受け入れてくれそうだから、少し子供っぽくなってしまうのかな。
パスタを口に運んで、完食して食器を下げる。
ベルトルトがお茶を注いでくれて、食後の一息をつくと、ベルトルトが食器を洗ってくれた。
私がしようかと申し出たけど、僕がするから良いよ、とやんわり断られた。
手持ち無沙汰でテレビのチャンネルを変えながら、ふと時計に視線をやるとまだ7時程で、たっぷり時間はある。
夜は、これから。

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