※sweet timeの続き


一度その考えを頭に浮かべてしまったら何も無かった事にするのは不可能だった。いくら別の事を考えても、もしかしたら違うのではないかと考えても、結局は何時も同じ答えに行き着く。それはやはり、ぶれるような想いではないからか。
それなら、と一念発起して想いを伝えようと決めた。答えがイエスであれノーであれ、伝えなければそれは私には分からない。行動しないと何も変わらないのだ。それでノーだったら勿論落ち込むが、イエスだったらと思うと伝えないという道は選べなかった。どちらも可能性がある以上、やらないで後悔するよりはやって後悔したかったのだ。
そして実際に行動に起こそうとした。…起こしたのではなく起こそうとしたのだ。結局のところ、羞恥心が邪魔してか中々想いを伝える事が出来なかった。それは言おうとしても口から言葉が出て来ないとか、そもそもタイミングというものが掴めずに1日が終わる事もあり、今は想いを伝えるという行為自体に難儀している。私の覚悟はそんなものだったのかと自己嫌悪に陥るが、そればっかりしていても進まない。今日こそはと新たに気持ちを切り替えて、エレンさんの元へと行くのだ。
出掛ける準備を済ませて、籠にスティックケーキを入れて家を出る。私がパウンドケーキを持って行ったあの日から、エレンさんのところに行く時は何か作って持って行こうという気にさせられてしまうのだ。あの喜んだ顔が、嬉しそうに耳と尻尾を振る姿がまた見たいと、そう思って。
そしていつもと同じ時間に家を出たのだが、いつもより少しだけ外が暗いような気がした。空を見上げれば雲が多い。もしかしてと天気の心配をするが、エレンさんは今日だって待ってくれているのだから行かない、なんて選択肢は無かった。
地に足をつけて歩く度に動く身体に纏わりつく空気がひやりとして、湿っぽい。この感覚が楽しめるのは大概雨が降る時だ。独特のこの感覚は嫌いではなく、それでも雨が降る前にエレンさんの元へと行かなければと早足で何時もの場所へと向かう。雨が降って地が泥濘むと、あそこは歩きにくいのだ。草で足元が良く見えないのも理由の一つだが、如何せん泥が多いあの場所は泥濘むと足を取られやすい。雨が降ったら暫くはあそこに足を踏み入れるのを止めるくらいだ。
偶に空を確認して、まだ大丈夫だと、まだ雨は降らないと天気の崩れを気にしながら、エレンさんが待ってくれている場所へと向かった。

「エレンさん!」

いつものシルエットを確認して、そう名を呼んだ。大きな耳がぴんと立った頭と、少し視線を下げれば立派な尻尾が背後に見え隠れしていて、それは私の声が届いたという合図のようにぴくりと動く。

「…こんにちは!」

それを確認して近づくと、エレンさんは「ああ」と言って私に手を差し出した。差し出された手を握るとエレンさんは何時も通り森の奥へと歩き出す。
エレンさんが迎えに来ると言ってからは何時もこうだ。森の手前で待っていてくれて、私が来たら手を引いてゆっくりと先導してくれる。繋がった手からはエレンさんの温もりを感じ取る事が出来て、この時間は兎に角至福だった。私とは違う肌の感触、体温、大きさ。その全てはエレンさんでしか味わう事が出来ない。それにとてもどきどきして、嬉しくてしょうがなかったのだ。

「リル、大丈夫か?」

そして、こうやって時々私の事を心配してくれるのも。私の歩幅に合わせて、歩く速度だって合わせてくれているのに。何時もそれ以上の優しさをくれるから、更に好きになってしまう。

「はい、大丈夫です」
「雨が降ってきそうだしな…、足元気をつけろよ」
「…はい!」

その優しさが嬉しくて、ついつい声にその感情が出てしまう。はいと返事をすれば、エレンさんは足元を気にしながら草をかき分け開けた道へと一直線に向かって行った。そして足元に草が無い、人が通れる所へと出る。
エレンさんに森を先導されるようになってからは、あまり時間も掛からずに森を抜けられるようになった。やっぱり何時も通っていて慣れているからなのだろうが、それに頼もしさを感じて格好いいなあ、と思ってしまう。
積もり積もった好意をそれとなく示すように繋いだ手にぎゅうっと力を入れれば、エレンさんはそれに応えるように握り返してくれた。どう思ってそうしてくれたのかは分からないが、ただ私がした事に行動を返してくれたのが嬉しかった。
そして手を繋いだままエレンさんの家へと向かう道の途中、頬に冷たい水が降りかかる。それの正体を確かめようと雫が落ちて来た方を、空を見上げれば更にぽつりぽつりと降って来て、雨が降り始めたのだと分かった。地にぽつりと落ちた雨はそのまま吸い込まれたが、どんどん勢いを増す雨に瞬く間に地は湿った色へと変わっていく。

「本当に雨降って来たな…。リル、走れるか?」
「は、はいっ」

私がそう言うや否や、エレンさんはさっきよりもしっかりと私の手を握り、走り出した。それに引っ張られるように私も走り出し、雨足がだんだんと強くなっていく道を駆け抜ける。足元は少し雨で濡れていて、地を踏む度に水が跳ねた。髪も雨で濡れて、濡れて束になった毛先から雫が滴り落ちる。それが肩に落ちて、濡れた服が肌に張り付いた。強く降り続ける雨の所為で少し視界が悪いが、エレンさんはそれをものともせずに一直線に自宅を目指す。そして扉を開き私を先に家に入れ、エレンさん自身も入り扉を閉めた。一息ついて、言葉を発す。

「すげー濡れたな…」
「濡れましたね…」

毛先から雫が垂れて、床にぽたりと落ちる。足元はもう既に濡れていて、水溜まりを作る程だ。水分を含んだ服の袖口から水が肌を伝って、指先から滴り落ち更に床を濡らした。
流石にこのままだと風邪を引くかもしれないし、それよりなによりエレンさんの家を汚してしまう。そう思って無事だった籠の中からハンカチを取り出して、濡れた肌を拭った。服も水が滴らないくらいに拭こうかと思ったが、生憎布面積が少ない一枚のハンカチではどうこうなるレベルでは無く、一寸思案した後籠へとハンカチを戻す。
さて、どうしよう。これからどうするべきか、と問うようにエレンさんを見上げると、ぱちりと目が合った後に顔をそらされた。その行動の意味が分からず頭に疑問符を浮かべていると、エレンさんがゆっくりと口を開く。まるで言いにくい事を言おうとしているみたいに。そして実際にエレンさんの口から出た言葉に、雨に濡れた所為で少し冷えていた身体が熱くなった。

「…リル、その…。…っ下着、透けてる」
「え…」

そのエレンさんの一言で自分の姿を確認すると、恥ずかしくて死にそうになった。濡れて肌に張り付いた服の肩口から透けて見えるのはブラの肩紐で、少し視線を下ろせばカップも透けていてデザインが確認出来てしまう。

「…っ!?」

こんな雨が降るかもしれないって時に白いワンピースを着たのが駄目だったか。慌てて手で胸を覆い、エレンさんに背を向ける。

「ごっごめんなさい!」
「い、いや。別にリルが悪い訳じゃ…」

訳も分からず謝って、肌と張り付いた服の間に隙間を作るように襟を引っ張る。早く乾かないかと思ってそうしてみたが、流石にそれは無理だった。室内は風通しも悪いし外は雨が降っていて湿気もある。この状況で早く乾く術があったら奇跡だ。
途端にどう話していいか分からなくなって、暫しの沈黙が流れる。こういう時、どう言えばいいのやら。ちらりと後ろに居るエレンさんの様子を窺ってみると、変わらず顔を逸らしたままだった。ただ、少しだけ見える頬は赤く色づいているように見える。それに対して、少しは私を異性として見てくれているのかなと思うと、不思議とこの状況を嫌だと思わなくなった。
そして、顔を逸らしたままのエレンさんの口が動くのを見て、慌てて正面を向く。

「あー、リル。…服、貸してやるから、シャワー浴びてこいよ」
「…い、良いんですか?」
「その格好のままで居られたら、落ち着かないからな。…あと、少しだけ下も透けてる」
「へ、…ひゃああっ」

気づかなかった。だからエレンさんは顔を逸らしたままだったのか。恥ずかしさに俯く私にエレンさんは自らのカーディガンを掛けてくれた。大きいそれは私の臀部をぎりぎり隠し、下着が見えなくなった事に安堵する。そしてエレンさんは奥の部屋へ行き、タオルと服を私に差し出した。

「ほら、シャワーあっちだから入ってこいよ」
「…はい。すみません色々と…」

私はそれを受け取って、エレンさんが指差した方へと向かう。足元が濡れているが、兎に角今はさっさとシャワーを浴びて濡れた身体をどうにかする方が被害が少ないだろう。扉を開き、此処がちゃんとシャワー室である事を確認して中に入り扉を閉めた。
脱衣籠の一番上にエレンさんから渡されたタオルと服を置き、下の方にカーディガンを畳んで置いた。男の人の家で自分の衣服を脱ぐのは少し抵抗があったが、意を決してワンピースも脱ぐ。濡れたワンピースを畳んで同じように脱衣籠の下に置いて、羞恥心に震える手をどうにか抑えて下着も脱いだ。
まさかこんな事になろうとは。別に身体が濡れる事を予想していなかった訳では無いが、シャワーを借りる事になるのは予想外だった。きっとそこまで降らないだろうな、と根拠の無い自信を持っていた自分を殴りたい。
でもまあ、今は兎に角早めにシャワーを終えた方が色々と良いだろう。こんな格好だから恥ずかしい訳で、きちんとした服に着替えれば羞恥心は治まるに違いない。それにエレンさんだって濡れているのだから、早めに終わらせてエレンさんも温まって貰わないと。そう思ってさっさとシャワーを浴びて身体を温める。そして身体をタオルで拭いてシャワー室から出た。
エレンさんから渡された服に腕を通し、その衣の感触を確かめるように袖をぎゅっと握る。エレンさんの服は私には少し大きくて、袖からは指先が少し見えるくらいだ。匂いも、私とは違う、エレンさんの匂い。それがなんだかとても新鮮で、少しどきどきしてしまう。
まずい、きっとこの服に着替えれば落ち着くと思ったのに、さっきとは別の意味で落ち着かない。でもそろそろ出ないととかぶりを振って思考を途切れさせ、扉を開けた。

「…あの、シャワー、ありがとうございました…」

それでも羞恥心は無くならず、つい言葉が尻すぼみになる。頬は熱いし、きっとエレンさんから見た私の顔は赤いだろう。

「ああ。ちゃんと温まったか?」
「は、はい。あの、エレンさんも早く温まって来た方が…」
「俺は平気だよ。山に住んでるとこういう事も何回かあるしな」
「そ、そうですか」

良く見てみると、エレンさんはいつの間にか着替えていて、髪もある程度乾いていた。エレンさんの前の席に腰を下ろし、私自身もタオルで髪の水分を拭っていく。そんな単純な事をしながら、未だ雨が降り続けている外を見た。雨足は変わらず、いや寧ろ少し強くなっているような気がする。これは今日帰れるのだろうか、と少し不安に思っていると、エレンさんがこう言った。

「…雨、止まないな」
「止みませんね…」

私が外の様子を気にしていたから、そう言ったのだろう。何故だか分からないが何とも言えないような雰囲気が流れているこの状況では、二人共にあまり喋らずにいる。どこか気まずくて、簡単な話題さえも上手く作れないのだ。だからエレンさんはちょっとした話題を振ってくれたのだろう。だけどすみません、一言で返しちゃいました。私も何か話題を作らないとと考えていると、エレンさんが次に発した言葉で思考はストップした。

「…今日、泊まっていくか?」

その一言に、少し沈黙が流れた後間抜けな声を上げる事しか出来なかった。

[ 29/80 ]

[*prev] [next#]
[トップ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -