無意識の所有欲

食堂で、そわそわ、そわそわと私の視界に入る彼は忙しない。
一体どうしたというのか。
私は全くそれが理解出来ずに、地雷を踏むのを避ける為、話しかける事すら容易に出来なかった。
だから彼からゆっくりと離れて、時々一緒に居る所を見るアニに話し掛けてみた。
アニの席の目の前に座る。
アニなら、何か知っているかも知れない。

「ねえアニ。ベルトルトの様子が変なんだけど、どうしてだか分かる?」
「ベルトルト?…さあ」
「わかんないかあ…」

私の希望は一瞬にして崩れ去った。
ベルトルトは一体どうしたというのか。
ふう、とため息を吐いてテーブルに肘を置いて手のひらに顎を乗せる。
ちらりとベルトルトが居る方向を見てみるが、やはりさっきと変わらず忙しないままだった。
じい、と見つめてもさっぱり解らない。
今日何かあったっけ、何かこの後面白い事でもあるのかな、と頭の中でぐるぐるとあの忙しなさの原因を考えている最中、アニが「ああ」と口を開いた。

「そう言えばあいつ、今日が誕生日だったかも」
「それだ!」

驚きのあまりがたん、と音を立てて席を立ってしまう。
勿論周りから好奇の視線を向けられてしまった私は、目立たないようにゆっくりと腰を下ろした。
恥ずかしい、顔が熱い。
皆がいつも通りに各々話を始めて注意が私から逸れた所で、少し距離を詰めて小声でアニに話し掛けた。

「今日、ベルトルトの誕生日なの?」
「確かそうだったと思う」
「まじかー、私何も用意してないんだけど」
「私も何も用意してないよ」
「おい」

ついつっこんでしまった。
良いのかそれで、良いのか何も用意しなくて。
ベルトルトはお祝いを待っているかもしれないのに。
というか確実に待っている、あのそわそわした感じは。
何もプレゼントを用意していない事が居たたまれなくて、ベルトルトから目を逸らした。

「別に何もあげなくても、お祝いの言葉言ってやれば良いんじゃない」
「そ、それだけでも良いのかなあ…」

こうなるんだったらもっと早めに誕生日を聞いておくべきだった。
せっかくの誕生日、きちんとお祝いしてプレゼントを渡して、喜んでもらいたかった。
でも今更そう考えてももう遅い。
今の私の所持品であげて喜んでもらえそうな物は何も無いし、何より時間が無い。
このまま男子宿舎に行かれたら何も渡せないどころかおめでとうの一言すら言えないまま今日という1日が終わってしまう。

「あんたからおめでとうって言うだけでも喜ぶと思うよ、あいつ」
「そ、う…?良いの?その言葉信じちゃうよ?」
「勝手にして」
「う、うーん。どうしよ…」

ちら、とベルトルトの方に視線をやる。
ベルトルトはもう食事が終わって、食器を片付けようとしている所だった。
私は慌ててスープを飲み干して、余ったパンを後ろに居たサシャに渡す。
食器を片付けるのと、ベルトルトに話し掛ける為に席を立った。

「ベルトルト」

ベルトルトに喜んでもらえるかは解らないけれど、取り敢えずは何かしてあげたい。
そう思って声を掛けた。

「リル…、なに?」
「ちょっと用があるから、一緒に来てくれる?」
「う、うん」

それから食堂の裏、普段人目につかないであろう場所にベルトルトを連れて、向かい合う。

「あのね、目、瞑って欲しいんだけど」
「…?うん」

私がそう言うと、ベルトルトは特に疑いもせず目を瞑った。
じい、とベルトルトの唇を見つめる。
普段はベルトルトからキスをしてきて、私はそれに応えるだけだったから、今日は私からキスをしてみようと思ったのだ。
ぐ、と踵を上げて、爪先立ちをする。

「…っ」

だけど、ベルトルトの唇には届かない。
忘れていた、何時もキスする時はベルトルトの腕の中か、ベルトルトが少し屈んでくれていた事を。
ベルトルトの身体に手を伸ばして少し身体を浮き上がらせれば届くかもしれないが、それでは予想してしまうだろう。
ベルトルトが何をされるのか。
もっと上へと頑張るが、危うく倒れ込んでしまいそうになった。

「…まだっ、目、開けないでね…!」
「うん…」

さてどうしよう、ずっとベルトルトに目を瞑ってもらうのは忍びない。
ベルトルトの唇から視線を下ろすと、私の目線に入るのはベルトルトの胸元だ。
此処ならキス出来るが、流石に位置が変だろうか。
もっと他の所が無いかと考えるが、考えてる暇なんて無い。
少し踵を上げて、ちゅ、と軽くベルトルトの胸元にキスをした。

「…えっ、な、何、したの?リル…」
「…キス、だけど。あのね、ベルトルト。誕生日おめでとう」
「あ、あり、がとう…」
「プレゼント、用意出来なくてごめんね…?だから、その代わりに何時もベルトルトからキスして貰ってるから、こういう時くらい私からしてみようかと…」

唇には届かなかったけど、なんて小声で言って、ベルトルトを見上げる。
ベルトルトの頬は少し赤く染まっていて、どうしていいか解らないのだろう、目が泳いでいた。

「ベルトルト?」
「…あ、えー、と。リル、何で此処にキスしたの…?」
「…唇に届かなかったから?其処なら届くし…」
「そ、そう…なんだ」

ベルトルトの言葉は歯切れが悪い。
どうしたのだろうか、やはり胸元へのキスは控えた方が良かったのだろうか。

「意味は、知らない…んだよね?」
「意味…?」

何の意味だろうか、キスの意味だとしたら愛情表現としてしていると言うのは流石にわかりきっているだろうし。
そう言えば、キスをする場所によって意味が違うという事を聞いた事がある。
もしかしたらその事だろうか。

「どんな意味があるの?」
「え!?いや…な、何でもないよ…?」
「えー、教えてよ」
「いやほんと、何でもないから…」

ベルトルトは頑なとして言ってくれない。
そんな言いにくい事を私はしたのか。
そんな風に思ったら途端に恥ずかしくなって、今後こんな事が起こらないように後で調べないとと思った。

「…ま、とにかく誕生日おめでとうって事でお祝いしたかっただけだから」
「うん」
「でも、誕生日もっと早くに教えてほしかったな。そしたらちゃんとプレゼント用意出来たのに…」

取り敢えずはキス出来たから今回のお祝いは達成出来たといっても、やはりプレゼントを渡せなかったのは心残りだ。
付き合っているのだから、こういうイベント事は大事にしたい。

「…うん、ごめん」
「だから、来年リベンジさせてね?今回何も渡せなかった分、来年期待しててよ?」
「今回のでも充分嬉しいよ、リル」
「…そう?」
「うん。あ、折角だから、僕からも」

ベルトルトはそう言って屈んで、私の首筋に顔を埋めそのまま吸い付いた。
ベルトルトの唇の柔らかさと温かさ、そして微かな痛みに身体がぴくんと震える。
もしかして、これにも何か意味があるのだろうか。
ベルトルトの髪の毛先が私の皮膚を弄って、少しくすぐったい。

「…今日は、ありがとう」

そう一言言ってベルトルトは私から離れた。
キスされた場所を指でなぞると、ベルトルトの唾液がついたのか、少しぬる、とした。

「…今のキスも、何か意味があるの?」
「内緒。リルのキスに、僕なりに返しただけだよ」
「なんか、狡い」

私だけが意味を知らないなんて、狡い。
ベルトルトは知ってて私だけ知らない、教えてもくれないなんて。

「じゃあね、リル。…来年、期待してるから」
「あっ、…うん。おやすみ、ベルトルト」

ベルトルトはいつも通りの微笑を浮かべて、男子寮へと帰っていった。
私自身もさっさと女子寮に帰って、シャワーを浴びて床に就く。
なんか悔しいから明日、キスの意味を調べるのを忘れないように、と頭の中で繰り返しながら眠りに就いた。

それから朝起きて、アルミンを見かけて話し掛けてみた。
アルミンは博識だし、もしかしたら知ってるかもしれないと期待して。
そしたら案の定アルミンはキスの意味を知っていて、それに喜ぶのと同時に返事を聞いて、やってしまったと少し後悔した。
どうやら胸へのキスは所有という意味があるらしい。
そして首筋へのキスは執着だとアルミンは言う。
知らなかったとは言え、私は何て事をしてしまったんだ。
どんなカミングアウトの仕方だ。
そしてベルトルトはその意味を知っていて、私の首筋にキスをしたのをベルトルトなりに返したと言っていた。
そう考えると、恥ずかしい所の騒ぎじゃない。
私はどんな顔で今日ベルトルトに会えば良いのだろう。

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