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「なーんかキスを誘ってるみたいだな」
「んなわきゃ、ないでしょ」
目を開けた蓮路が言う。
「とっとと切れ」
「口わりぃ」
「お互い様だ」
そんな二人を見ていた拓海が蓮路の腕を取り引っ張った。
がたんと椅子が鳴る。
「オレ、切っていい?」
拓海がそう言うと神楽は拓海に鋏を渡した。
「切ってみろ」
蓮路が目を瞑る。
ほんとうに、キスを誘ってるみたいだと拓海は思った。
少し上げられた顎。瞑られた目。少し開いた唇。
ちゅっ、と音をたて拓海は蓮路の唇にキスしていた。
とたんに開かれた蓮路の瞳。直後、拓海の腹に蓮路の蹴りが直撃した。
「……ッ!」
「この、バカが」
蓮路は拓海から鋏を取り上げると神楽に返した。
「人の、店長の前で。しかもここは俺の仕事場だ」
「……ごめん」
腹を押さえながらしゅんとしている拓海。
「痛かったろ、けっこう力入ったからな。悪かった」
「愛の鞭と受け取っとく」
ちょっと笑って、バーカと返した。
「昼から大学戻るのか?」
「うん。5限あるから。でもそれまで暇なんだ。だから、ドライブでもしようかなって」
「あ、じゃあ、庵屋に行って団子買ってきて」
「わかった。他には?」
「杏仁豆腐」
「買ってくる」
拓海の返事を聞いて神楽に向き直ると蓮路は鋏を指差した。
「神楽店長、切って」
「いいのか?」
笑いながら神楽が聞いてくる。拓海をちらりと見て頷いた。
仕事に戻れば交代で佐竹が休憩に入る。すれ違う時、おっとこ前、と前髪に指を入れて来た。
拓海が佐竹を威嚇するように睨み、蓮路を佐竹から遠ざける。
佐竹が笑う。
佐竹は拓海の反応を楽しんでいた。
「拓海で遊ぶな、佐竹」
蓮路が睨むとひらひら手を降って控え室に入っていった。
「蓮路さん狙いだよね、絶対!」
「ンなわけないだろ」
「蓮路さん、危機感無さ過ぎ」
「や、フツーに男は危機感なんか持たないだろ」
生まれてこのかた、蓮路は男に危機感など持った事がなかった。
「これからでもいいから持って」
「拓海にも?」
茶化すようにいうと真面目な顔で蓮路を見ていた。
「わかった。お前以外は警戒したらいいんだろ」
ほんとにわかってるかな、と拓海の顔が言っていた。
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