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「ごめん、ダメならいいんだ」
静かに大地は顔を伏せた。
昔から、物静かな口数の少ない兄だった。
「あ、いや。別にいいよ。ただ、うん、明日びっくりしないなら」
大地は首を傾げて、しないよと笑った。
「あ、猫」
チビが大地に擦り寄って、ミーと鳴いた。
「どうしたの、この猫」
「捨て猫、拾った。ここ、動物オッケーなとこだし、いっかって、拾って来た」
「そういえば、蓮路は捨て犬とか捨て猫とか、よく拾って来てたね」
「ほっとけねーもん」
そうだね、と大地は微笑んだ。
同じ顔でもこの顔はできないなと蓮路は思った。
だからかな、こんな微笑みができる、やさしい大地が刑事だと聞いて、警察のと聞き返したのは。
大地の刑事姿が想像できない。
「蓮路は、大学生と知り合い?」
「え?」
「5時か、6時くらいに大学生くらいの男が鍵開けて、ここに入って行ったから」
「チビのご飯頼んでたから。一緒に入れて貰えよ、外で待つ事ないだろ」
「だって知らない人だから」
「それでよく刑事になれたな、大地」
「うん。俺もそう思う」
大地と、10年以上の穴を埋めるべく、朝方まで話していた。
「やべ、俺今から寝たら起きれないな」
「あ、蓮路は仕事あるんだよな。ごめん」
「まっいいや。徹夜したと思えば。あ、そうだ」
大地に合鍵を渡した。
「あいつ、またチビにご飯やりに来るから。顔合わすのヤだろ」
「ありがと」
「夜、8時半位にここ来て。一緒に帰ろう。そしたら、たぶんあいついるから、ちゃんと紹介する」
大地はこくりと頷いて、名刺を受け取った。
「美容師、なんだ?」
「うん」
「あ、俺のも渡しとく」
大地の名刺を蓮路は受け取った。
「ねぇ、一緒に行ってもいい? 蓮路の仕事見たい」
「いいけど、邪魔にはなるなよ?」
「わかった」
「じゃあ、チビも連れて行こうかな。面倒見てくれるお前がいるし、一度チビ見たいって言われてたんだよ。けど仕事中はチビを見とけないからさ」
「チビ、見ながら蓮路も見てる」
そうして大地とチビは蓮路の職場に行くことになったのだ。
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