最強男 番外編 | ナノ


▼ Christmas song

くしゃみをして目が覚めた。肩が布団から出ていた。寒いはずだと布団を肩までかける。
隣で小さな息づかい。千里がこちらを向いて眠っていた。仁は千里の懐に潜り込む。

あったかい。安心したと同時に再び夢の中へ沈んでいった。


目覚まし時計が鳴り腕を伸ばす。音が鳴り止むとまた布団に潜る。

「起きろ。仁」
「んー」
5時40分に最初の目覚ましが鳴る。6時から時雨との稽古が始まる。

ぐずぐず布団から出ない仁に千里は手を伸ばす。

「多分、千歳も起きてる」
言いながら千里はベッドから出た。

こん、と音がしてドアが開く。顔を出したのは千歳だった。
「仁、起きた?」
「いや、まだ布団の中だ。起こしてすぐ行くから千歳は千草に今日用のコート出してもらえ」
「うん」
ドアが閉まって千歳の足音が遠ざかる。

「千歳がなんで起きて……」
時計を確認した仁は時計を掴んで起き上がった。
「8時!?」

千里は仁を自分に向かせると耳元で囁いた。
「メリークリスマス。仁、誕生日おめでとう」
「あっ……クリスマスイブ」
千里を見上げて腕を回す。

「今日は仕事の事は忘れろ。稽古も今日はない。誕生日くらい休みだ」
「誕生日、忘れてた」
千里は軽くキスすると仁を抱きしめた。

「祝いたかった。ようやく仁の誕生日を祝ってやれる」
「千里……。ありがとう」
「顔洗って着がえろ」
「うん」
ベッドから飛び降り洗面所に向かう。洗面所には千歳がいた。

「おはよ、千歳」
「おはよう、仁。はい、タオル」
「ありがとう」
千歳はあったかそうなファーのついた黒のコートを着ていた。

「千歳、それすごく似合ってるよ」
「ほんと!? この前、お父さんに買って貰ったの」
「……c.ARATA?」
きょとんと千歳が見上げてくる。

「千歳、ちょっとごめん」
襟刳りのタグを見る。
c.ARATAのロゴ。ちらりと見えたシャツもc.ARATAだった。

「千歳の服って全部c.ARATA?」
気づかなかった。仁もc.ARATAの服は好きで何着か持ってるのに。
c.ARATAはブランド服だ。決して安いわけではない。

顔を洗って千歳と千里の部屋へ戻る。

ベッドの上に広げられた服。千歳と同じc.ARATAだが、また感じの変わったシックなデザインの服だった。

「前ね、お父さんと選んだの」
嬉しそうに千歳がベッドの上の洋服を見る。

サイコー。
呟きが聞こえたのか千歳がはにかむ。

着がえを済ませてリビングに行けば千里と千草がいた。

「仁さん、似合ってますよ。ね、千歳」
「うん!」
千草に力強く頷いた。

「ありがと」
照れたように仁は礼を言った。

「行くか。千草、車出してくれ」
はい、と千草は頷いて出て行く。

「どこ行くの?」
「ネズミーランド」
「仁はネズミーシーのほうがいいかもしれないが、千歳がいるからな。悪い」
「そんなの全然いいよ。俺、ネズミーランド初めてだから。千歳、いっぱい遊ぼうね」
「うん!!」


クリスマスイブだ、ネズミーランドは人が多かった。

「千草さんもくればいいのに」
「バカ。千草は佳乃とデートだ」
「あ。イブだもんね……」
「本来仕事だったらしいがな、デートの為にシフトを変わってくれた奇特な同期がいたらしい」
「ふうん……」

千歳が手を繋いで来る。仁は握り返すと千歳は顔を上げて微笑んだ。
後ろから千里が付いてくる。

「お父さんも」
千歳の小さな手が千里の掌を握る。千歳を間に挟んで歩いた。

「仁、あれ買って!」
千歳が指差す先にはキャラメルポップコーン。甘い匂いに誘われた千歳は仁を期待の目で見た。

「いいよ」
そう言えば千歳はぐいっと引っ張って駆け寄ろうとする。

ポップコーンをはい、と渡せば千歳は嬉しそうに礼を言った。

千里の小さい頃もこんなのだったのかなと思う。千歳は千里によく似ている。


「そういえば珠希さんは? 誘えば良かったのに」
「一応、珠希も誘ったんだが、ふられた。デートの邪魔はしたくないとさ」
「気にしなくていいのに。ね? 千歳」
よくわかっていない千歳が不思議そうに頷いた。

それから仁と千歳はパンフレットを見つつ、アトラクションを回って行く。千里はそれについて行く形になる。

90分や2時間待ちのところもあるアトラクション。休憩も入れつつ、並んでいく。

「疲れた? 千歳」
日が暮れ寒さがぐっと増す。
首を振りつつ、ベンチから立ち上がらない。

「千里、どっかでご飯食べよっか」
そうだなと千里は腕時計を見る。

「7時からショーだろ。少し早いがレストランに入って飯食っても時間あるな」
「そうだね」
目についたレストランに入って食事をすませ、ショーを見るために移動する。
城の周りでショーが行われる為に、開始前から人が垣根を作っていた。
それを横目に千里は歩いていく。

「千里、どこ行くの」
人を掻き分け、仁と千歳は千里の後を追いかける。

千里が立ち止まったのは、正面ではないにしろ、それなりなベストポジションだった。


ショーが始まれば千歳は食い入るように観ていた。夢の国のキャラクター達が歌って踊るクリスマスファンタジー。

「綺麗だね」
仁は千里を見上げる。千里はそっと仁の冷たくなった手をコートのポケットへ入れ手を繋いだ。
千里の温もりを感じる。握り返せば千里は耳元で何かを囁いた。

「え?」
聞き取れなくて千里を覗き込めば、何か企んでる瞳とぶつかる。

「千里?」
「今夜は寝かせてやらねぇよ」
かあっと仁の顔が赤くなるのを見ながら千里は満足そうに笑った。


横浜の本宅の屋敷に着いたのは10時過ぎだった。疲れたのか千歳は車の中で眠ってしまった。

仁と千里を出迎えたのは千草ではなく渚だった。
千草はデートでまだ帰っていなかった。


千里は千歳を部屋に運び戻って来る。

「子供の時間は終わりだ。今から大人の時間。そうだろ、仁」
耳に囁かれたバリトンの声に仁はぞくりと背中を震わせた。

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