最強男 番外編 | ナノ


▼ 005

祖父が懐から折り畳んだ半紙のような物を出した。差し出してきたそれを受け取り広げる。

「千鷹と僕? にしては紙が古い気がするけど」
「それは、琥珀と平だ」
「は」
それは似顔絵のようなものだった。

「新居広野(ヒロノ)が書いたそうだ。新居の初代だ」
「こんな事。……あるんですね」
「遺伝子の悪戯だな」
その半紙には、琥珀に笑いかける平が描かれていた。

「広野は要そっくりだったりするんですか」
新居要。新居家4代目の名だ。

「そこまでは知らん。まだ写真機のない時代だ。広野は絵が上手いな。だから刺青師になったのかもしれん」
「……これ、貰っても?」
「ああ。お前にやろう」
この絵は、恋する男に笑いかけるそんな図。まるで広野に心を見られたような羞恥が襲う。

平は琥珀が本当に好きだったのだ。

「お前は隠してくれるなよ、千鷹を」
「……はい」
1つ頷くと祖父はその場から出て行った。

琥珀を見つめる。本当によく似ている。


「貴方は平をどう思っていた?」
答えは返るはずはない。

『千鷹は僕をどう思っている?』
本当に聞きたい相手はここにはいない。きっと時雨は千鷹にこの疑問を口にする事はない。答えを聞くのが怖いからだ。

そっと琥珀の手に触る。
冷たい。当然だ。死んでいるのだから。

数分そこにいただろうか。時雨は琥珀に頭を下げその部屋を出た。

祖父の部屋へ帰ると、祖父の隣に父、九十九がいた。

「会ってきたか」
「琥珀を東雲に返す事は考えた事は?」
「ないな」
祖父が答える。

「ない」
父が答える。

「戒めだ。2度と東雲に対して裏切らないために。日立は東雲が好きになる。定めのように」
九十九が切ないような瞳を向けてくる。祖父もだ。彼らも自分の主に恋をしたのだ。

「時雨。今以上に千鷹に仕えなさい」
「はい」
祖父は頷く。

「しつこいようだが今の事、他言無用だ」
「……神流、にも?」
「神流? お前が言いたいなら言いなさい。ただ、それ以外は駄目だ、時雨。秘密は知っている人物が少なければ少ない程いい」
「わかります」
祖父の言うことは尤もだ。

「帰りなさい。お前も仕事があるだろう」
「え、でも……」
さっき父に泊まっていけと言われた。

「いい。行きなさい」
時雨は祖父と父に頭を下げると部屋を出た。

事務所に電話を入れる。
新居要の声に時雨は、挨拶よりも先に千鷹は?と聞いていた。

『千鷹なら神流が迎えに来てついさっき出て行った』
「そうか。ありがとう」
『時雨』
「なに?」
『千鷹がすっごい嫌な顔して神流を見てたけど、何かあった?』
「え? 何もないよ」
『ならいいんだけど』
朝、彼らは顔を合わせただけ。会話すらしてないはずだ。

千鷹にも神流にも変なところはなかった。

『あ、そうだ。近いうちに本宅に顔を出すよ。千鷹に言われた。来なさ過ぎだって。こっちはこっちで忙しいんだけどね』
電話の向こうで要が溜息を付いた。

要が愚痴る。要が愚痴るのは時雨だけだ。それだけ信頼されているのだ。

「要と話したい」
『うん、じゃあ、明日でも顔出すよ。いい?』
「ありがとう」


電話を切ってから、総本家を出た。
本家へ戻るが千鷹の姿はない。

「森、千鷹は?」
「まだ帰って来てない」
ちょうどすれ違った千森(チモリ)に声をかければ素っ気なく答えた。時雨が森と呼ぶ青年は千鷹の弟だ。

「ってか、今日は帰ってこないと思うけど」
「なんで?」
「兄貴、夜はデートらしいから」
「……デート」
「邪魔はしないよなぁ? 時雨さん」
くすりと笑って千森は出掛けるのか三和土(タタキ)に降りる。

今日自分が千鷹に付かなくて良かったと思った。反対に神流を哀れに思う。
千鷹が女を抱くそれを近くで見張りも兼ねドア一枚向こうで聞いていなくてはならない。

「時雨さんさ、暇だよね。付いて来てよ」
「どこへ?」
「築地」
「築地?」
「そう。寿司食いたくて。でも、1人で食うのもなって。時雨さん、暇でしょ、今日は」
「詩(ウタ)は?」
日立詩、千森の“日立”。時雨のイトコになる。

「その事についても話したいから、来てよ。ね?」
言葉とは裏腹に、断ればただじゃおかない、そんな顔をする。
やはり兄弟だ。千鷹と同じ様な高飛車な態度。

「わかったよ。付き合う」
「じゃ、車出して。車で行こう」

そうして時雨は千森と築地へと向かった。

一軒の寿司屋にはいる。
ここの店は、お品書きには時価としか書かれていない。

「時雨さん、ここ初めて? 兄貴と来た?」
「前に一度」
「好きなの食べて。カードあるからさ。そういえばこうやって時雨と出掛けるのって初めてだね」
「ああ、そういえば」
時雨は千鷹の“日立”だ。どこへ行くにも千鷹と行動する。

そうなれば千森と出掛けるなんてほぼない。それは千森に限った事ではないけれど。

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