最強男 番外編 | ナノ


▼ 004

総本家は純和風の屋敷だ。部屋数はいくつあるだろう。時雨は数えたことはない。

いまだに入ったこともない部屋がある。その部屋や、屋敷を管理しているのがジル執事だ。

和風の屋敷に執事とはミスマッチだが、総本家にジルがいないと落ち着かない。ジルは総本家の顔になっていた。

「時雨さん、お帰りなさいませ」
ジルの優しげな瞳に迎えられる。

「今日は千鷹さんとご一緒ではないみたいですね」
「うん。千鷹は事務所。爺様、倒れたって?」
「ええ。九十九(ツクモ)さんがお待ちです」
ジルが案内してくれる。

ジル執事は、アメリカ人と日本人のハーフで、戦災孤児だと聞いたことがある。
千鷹の祖父がジルを拾い、東雲に置いたのがジルが東雲に、総本家にいる理由だ。

初老の、燕尾服の似合うジルが時雨はとても好きだった。


日立の3代目は時雨を待っていた。
ジルは頭を下げて戻って行く。

「爺様は?」
「奥の部屋だ」
時雨の父、九十九は時雨を見やった。

「体調は?」
「すこぶるいい」
「誰も父さんの体調なんか聞いてない」
「爺様のだろ。すこぶるいい」
「は? 倒れたんじゃないのか」
「そりゃ、爺様の嘘だ」
「嘘?」
九十九の顔を伺うように見れば九十九は笑った。

「お前なかなかここには来ないだろう。だから爺様が倒れた事にしたんだ」
「なんだよ、心配して損した」
ほっと息をつく。

「千鷹はここに顔を出すがお前は全然顔を出さないからな、爺様が拗ねたんだ」
「千鷹が?」
「ああ、たまにご機嫌伺いに来るぞ」
「そうなのか」
知らなかったと呟いた。

今日のように別行動の時もある。そんな時に千鷹は来ていたのかもしれない。

「時雨。今日は泊まりなさい。きっと爺様はお前を離さない。お前の代わりに神流を千鷹組長につける」
「え……」
神流の名を聞いて不安になる。

「大丈夫だろう。神流も日立一族の1人だ」
神流の日立としての腕を心配していると勘違いする九十九だったが、時雨が心配しているのはそういう事ではなかった。

片想いとはいえ神流は千鷹を想っている。千鷹は時雨以外男に手を出してはいないが男を抱ける。


千鷹が神流を抱く?
ないない、と心の中で首を振った。神流は千鷹より背は高い。千鷹より一回り大きいだろう。
もし仮に千鷹が受ける側として、プライドの高い千鷹がやられる側にはならないだろう。


「わかりました。泊まっていきます」
「顔を出してやれ。菫の間だ」
九十九にはいと返事をして菫の間に向かった。

菫の間の前に祖父が立っていた。

「来なさい」
祖父に促されついて行く。あまり総本家に来ない時雨は何部屋もあるこの屋敷を全部把握し切れていない。祖父がどこへ連れて行こうとしているのか見当もつかなかった。

「時雨」
「はい」
「これは、東雲当主にも言ってはならないよ」
空気がぴんと張った気がした。

「……はい」
一つのドアを開け中に入る。
そこにあったのは――。

「……っ!」
千鷹そっくりの人物が横たわっていた。その人物が死んでいるのはなんとなくわかる。

「そっくりだろう」
「は、い……」
千鷹そっくりの遺体。

「東雲の――」
「名前は東雲琥珀。この方が東雲の7代目。ヤクザ稼業を始めた初代だ」
「どうして……、初代がここに? それに……」
遺体は綺麗だった。死後百年以上たっているはずだ。

「琥珀初代についたのは、日立平(タイラ)。平は琥珀組長を慕っていたそうだ。私たち日立が組長を慕う以上にだ」
それは、恋い慕っていたということなのだろうかと時雨は思う。

「初代の死後、平は一度琥珀初代の遺体を隠したという」
「隠した?」
「平が彼をこうしたのだろうね。どうして彼が眠っているだけのように見えるのか、平がどう彼を施しこうなったのか、わからん。平にしかね」
「……」
「日本は知っての通り湿気というものがある。彼のようなミイラを作るには風土が適していない」
「彼はずっとここに?」
「引退した“日立”と共に」
彼――琥珀を見る。

「彼の墓は? 骨は? こんな、事、東雲にバレたら……」
「墓はある。盆になれば墓参りに行くだろう。ただ骨は別人だ」
「……ですよね」
「日立の裏切りだ。初代の墓の下は別人など、言えやせん」
「はい」
「初代に対して、東雲に対して、これは日立家の罪なんだ。そして初代を守らなければならない」
骨は墓にあると東雲を騙し、そして初代の遺体を東雲から隠し守る。

平の気持ちが時雨は痛いほどわかる。
琥珀を慕いつき従う。主を欲しいと思う気持ち。
心が手に入らないなら身体だけでも。

「時雨。お前は平のようにはなるなよ」

はっとした。
祖父は知っているのだ。時雨の気持ちを。

「また罪を犯すわけにいかん。わかるだろう。時雨」
「……はい」
「何も気持ちを止めろとはいわんよ、時雨。止めたところで気持ちは止められるものではないからね」
さっきまで一緒にいた千鷹に、今すぐに逢いたいと思った。

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