最強男 番外編 | ナノ


▼ 006

「でさ、詩の事なんだけど」
千森が切り出す。

「どうも妊娠しちゃったみたいでさ」
「……は?」
日立にももちろん女性はいる。“日立”として活躍している。

詩は独身だ。

「俺の子なんだわ」
「え、え!」

結婚すれば日立の女性は引退だ。

「千森、詩に手ぇ出したのか」
「うん」
悪びれもせず千森は笑う。

「詩には引退してほしかったんだ」
「え?」
「だーってさ、好きな女に守られるってどうよ。なんか男としてなさけなくない?」
「……まぁ、な」
「そりゃ、さ。あいつも日立一族だから、俺より強いし自分の身は自分で守る事くらいできる。でも、それでもさ」
「……うん」
「だからって“日立”いなくなるのも困るんだ。神流貸して」
「神流を?」
千森はそう、と返事する。

「俺の仮“日立”」
「仮、か」
「ずっとは神流が承知しないだろ」
「かもな」
「仮なら。次の俺の“日立”が見つかれば、もちろん神流は解放する。神流は兄貴の傍にいたいんだろうし」
千森は神流の気持ちを知っているのだ。

今、神流は東雲組の幹部になろうとしている。
日立一族が東雲組の幹部になることは今までなかった。
それは、日立一族が東雲を主として東雲の横に控えるからだ。

神流は、千鷹以外の主を持つ事を拒否した。神流は千鷹だけなのだ。

千鷹には時雨という“日立”がいる。神流はもう千鷹の“日立”にはなれない。

じゃあ神流が千鷹の傍にいるためにはどうしたらいいか。

東雲組の幹部になるのが手っ取り早いのだ。

が、神流が幹部になることを反対する者がいる。東雲組の幹部達だ。

日立は東雲に仕えておけばいい。日立がしゃしゃり出てくるな、と。

「神流は頭がいいからな。俺を利用する」
「利用?」
「俺を誰だと思ってる、時雨。千鷹組長の弟だ。しかも組の幹部だぜ」
「あ……!」
「幹部になりたいが為におれの仮“日立”になる。幹部になる機会をうかがう。この話、神流にとってもいい話だと思わないか。時雨?」
「でも、神流が幹部になれば“日立”の仕事は出来ないよ」
「させるわけないじゃん、幹部になんか。日立がなれると思うか? 幹部になんか。なれるかもっていう蜜をぶら下げるだけだって。神流が俺の“日立”になれば、俺の命(メイ)には逆らえない」
「そうだけど」
千森はにっと笑ってみせた。


「神流が断るとか」
「そうなったら幹部を目指すのが遠くなる。俺の話に乗るしかない。今のところ幹部を目指すって言ったって、手の出しようがないんだしね、あいつ」
「まぁ、確かに」
時雨が納得したような顔をする。

日立一族の者が東雲の幹部になる事は容易な事ではない。
元々日立一族は新居と同じく東雲に仕えてきた。
それを、東雲と同じ立場に日立がなろうとしているのだから。

「神流も突飛な事考えるよな。幹部になりたいってさ。ま、組長が兄貴だからそんな突飛な考えが出たんだろうけど」
「突飛……。そうだね」
実際日立の中でもあいつは何を考えていると訝しむ者もいる。
日立は東雲に仕えていればいい、と考える日立や東雲、新居の者が多い。

時雨も神流のように東雲幹部になりたいと思った事はない。
例え、千鷹の“日立”になれなかったとしても神流のように幹部になりたいとは思わなかっただろう。

日立は東雲に従うもの、日立の大人からそう子供の頃から教えられ育つからだ。

東雲には東雲の、日立には日立の、新居には新居の役割がある。
神流はそれを飛び越え東雲の役割をしようとしている。日立として“日立”の仕事をせずに、だ。

神流は少々日立一族から浮いた存在だった。


「……千森はなんで神流? 他にもいるのに」
「俺ね、“日立”を付けるなら神流がいいなって前から思ってたよ? 詩には悪いけど」
「そうなの?」
「詩はあくまで好きな人で。神流が俺の“日立”にならないかなとは思ったよ。まぁ、俺年離れてるし、神流の眼中には俺入ってないのはわかってたけどね」

日立一族が東雲の“日立”になるには、日立のほうから例えば千鷹と時雨なら時雨が千鷹の“日立”になると他の日立より早く千鷹に宣言すればいい。

そして千鷹の持つ札に両人の名前を入れ、契約が成立する。

東雲側は日立から宣言された場合断れない。そのかわり、自分の“日立”には、どんな命令でも出来るのだ。

「神流に話してみる」
「よろしく」
千森は頭を下げた。
その頭を下げる行為、東雲が日立にする事はない。

東雲一族は日立一族にとって守るべき主だからだ。

「千森さん、頭を上げてください。東雲が日立に頭を下げてはいけないですよ」
「関係ない。人として頭下げてる。よろしくお願いします」
時雨はわかりましたと返事をすれば子供のような嬉しそうな笑顔が見れた。

prev / next
bookmark
(6/16)

[ back to top ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -