▼ 15
「よくやった」
千歳は泰介にそう言うと黒田に顔を向けた。
黒田が泰介の前に椅子を持っていき座る。
「麻酔ねーの」
「あるわけないだろ、病院じゃないんだ」
泰介が黒田を見上げる。
泰介から離れ千里が仁の横に立った。
「黒田は医学部出身だ。ありゃ、縫うだろうな」
「縫うって、裁縫道具で!?」
「ああ。ここに外科の設備はないからな。病院に行ってもいいが、怪我した理由が理由だからな」
「……」
仁は説明を求めるように千里を見上げた。
「泰介は日立のボディーガード術をかじった事があってな。佳乃さんのボディーガードを頼んだんだ」
「佳乃さん、……その」
「ストーカーがいてね。こういうのは事件が起こらないと警察は動かない。それで泰介にボディーガードを頼んだ」
「そういう事か」
千里が泰介に仕事をやると言った、その仕事が佳乃のボディーガードだったというわけだ。
「泰介さん、えらく怪我してるけど」
「ストーカーは3人いたからな」
「だからって……」
「ストーカーっていうのが畑川会の連中だからな」
「畑川会?」
「ようするにヤクザだ」
ああ、納得した顔で仁は頷いた。
「なんで佳乃さんに?」
「千草が関わってるからな。畑川会とは昔っからいざこざがあってな。佳乃さんのところが突きやすかったんだろう」
「ああ、それで……佳乃さんなのか」
「大切な人がいるというのは、それが弱点になるからな」
「……千里も?」
千里の場合、仁が弱点になるのだろうか。
千里はふっと顔を緩めた。
「ならない」
きっぱり千里は言い切った。
「どうして?」
「仁はまだ他の組に知られてない。知ってる奴がいたとしても仁のポジションを把握するまでに時間がかかるだろうな。奴らが知ったところで仁はいろんなポジションに回すつもりだ。俺のだと誰が気付く?」
「いろんな人につけるって、そういう目眩ましもあったのか」
「ああ。今、仁の拠点は本宅だがそれも動かすつもりだ」
「え」
驚いて千里の顔を見る。
「横浜から歌舞伎町に来るのは効率が悪いだろう?」
「千里……も?」
「いや」
千里は首を降った。
「俺は本宅にいる」
仁は不安げな顔を千里に向けた。
「大丈夫だ。千早のマンションだ」
「先輩の?」
千早のマンションは西新宿だ。
確かに日立の事務所には通いやすくなる。
「時雨さんの稽古は?」
「心配するな。時雨さんが別宅でみてくれるさ」
「別宅に来るなって言われてる」
「誰に?」
「千咲に」
「……。そうか、じゃあ別宅じゃなくても時雨さんの道場でもいい」
「道場、あるの?」
「ああ。空手道場だがな」
「へぇ」
「千里、終わったよ」
にこっと笑顔を見せる黒田の後ろ、泰介が大きく息を吐いた。
「病院行って良かったんじゃ……?」
千里だって千明だって病院へ行ったのだ。
「バカだね、日下君。ますます狙われるよ。病院に行けば、警察に通報される。千明や千里はヤクザだからいいさ。佳乃さんは堅気だろう」
黒田の言葉に下を向いた。確かにそうだ。
千明や千里はある程度狙われるリスクは負っていることを自覚している。けれど佳乃は違う。
佳乃は堅気の人だ。
警察が知れば、ヤクザも動く。
警察はヤクザの動向を見ている。ヤクザも警察の動きは見ている。
「仁、黒田の腕は信じていい」
「腕を疑ったわけじゃない」
じゃあ、何が不満かな?と黒田は問う。
不満。
違うと否定した。
黒田は底知れなさを感じる。黒田の何かが仁は怖かった。だから、なにかひっかかる。
まぁいいさ、と黒田は机の上にあった煙草を唇に乗せるとライターで火をつけた。
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