最強男 | ナノ


▼ 5

数十分後、仁は厚也のマンションにいた。


――待ってる

メールの返事はすぐに来た。
だから足早に電車に乗った。


玄関のドアが開いて、厚也が顔を出す。

「いらっしゃい」
「ん……。誰か来てる?」
奥からは人の気配がする。

「ああ、弾だよ。暇さえあればウチに来てる。上がれよ」
「ん……」

リビングのソファーに座り、ようと声をかけてくる弾。

「なんかあったか? 千里と」
ついさっき、弾は千里と仁が2人で事務所を出ていったのを見られている。

「なんでいるんだ、弾」
「おれー? 厚也を口説いてる最中だから?」
「口説いてる?」
「黙れ、弾」
ぴしゃりと言って弾を黙らせると厚也は仁に向き直る。

「座れよ、仁。カフェオレでいいだろ」
「うん」
仁はソファーではなくカウンターの椅子に座った。


「……昔に戻ったみたいだ」
いつも何かあれば仁は厚也のところへ来た。
仁が昔と変わらず“何か”あって、厚也を頼ってここに来た。
それが厚也は嬉しかった。

「そうだな」
厚也はそれに返事をした。
暖かい空気が2人を包んでいる気がした。

厚也は聞かない。仁に何があったのか。
聞かなくてもわかる、そんな空気に弾は舌打ちする。

彼らの培ってきた、幼馴染みの長さや、2人を包む暖かい空気。どうしたってそれには適わない。
友としても、弾と厚也にはまだ出せない空気だ。



「元気だせ。どした?」
「ん。……や、気のせいだよ、きっと。大丈夫」
「そっか?」
仁の前にカフェオレの入ったマグカップを置く。

一口飲んで、昔と変わらない味にほっとした仁がいた。


仁がカフェオレを飲みほすまで誰も何も喋らない。
静かな空間。
決して気まずい空気ではなく……。


「ごちそうさま」
椅子から立ち上がると厚也が傍に寄ってくる。

「厚也、ありがと。帰るよ」
「帰るのか」
「仕事あるし。また来るよ」
「うん」
引き止めたいけどけど仕事じゃ引き止められない、そんな顔を浮かべる厚也が玄関まで見送ってくれる。

「弾は帰らないのか?」
厚也と一緒に仁を見送る弾に目を向ける。

「おれはいーの。適当な時間に帰るから」
「お前も仁と帰れば?」
厚也は息を吐いた。

「弾、押してダメなら引いてみろよ」
仁の言葉に、弾は厚也を見て仁に視線を戻し、しぶしぶといった感じて仁より先に外に出た。

「またな」
厚也にそう言って弾とマンションを出た。


「何、仁は応援してくれんだ?」
「お前、本気?」
「あったり前だろ。じゃなきゃ口説くかよ」
「だな」
仁は弾から視線を外すと言った。

「厚也はさ、けっこう寂しがり屋だから、そこ付け込めよ」
「いいのか、そんな事言って。好きでいてって厚に言ったお前が」
「厚也はきっと俺以外に特別を作らない」
「くやしいがそうだろうな」
「好きでいてほしいと思うし、でも俺以外の特別を作れよとも思う。弾なら厚の特別になれるよ、きっと」
「だといいけどな」
弾は肩をすくめた。

「……あいつの初恋って、仁か?」
「違うよ」
「違うのか」
弾は少しほっとした。

「知りたい?」
「いや、いい」
「知りたいくせに」
そう言って口を閉じる仁。

「ま、知りたくなったらいつでも聞けよ。なんでも答えるよ」
「……ああ」


「で、お前、千里は?」
「あー。いいんだ」
それ以降、仁は黙ったまま歩いていく。
弾も話しかける事もなく2人肩を並べて歩く。


気付けば青山から、表参道、明治通を通り、新宿まで戻って来ていた。

「仁はどうする? 仕事ったって、する事ないんだろ」
「ん、本宅に帰る。で、時雨さんに稽古つけてもらおうかな。弾は?」
「おれはー、どうすっかな。する事あるって言えばあるんだけど、ないって言えばない」
「なんだ、それ」
「ま、帰るか。向こうに車置いてる」
「うん」

車に乗り込もうとした時、仁は聞いた。

「弾、ナンバー2だろ。自分で運転してるのか?」
「おれにお付きはいないからな」
「付けないの?」
「いらない。1人のほうが小回りがきくし、いざとなったら圭介に任す。おれにお付きはいらねぇ」
「ふぅん」

そういうものかな、と思う。

「ああ、そうだ」
車に乗り弾は仁に顔を向けた。
「これ、やるよ」
それは小さな木箱だった。

「開かない。中に何が入ってる?」
「千里の大事なもの」
「大事なもの?」
「珠希が渡してやれっていうから午前中、別宅に取りに行ってたんだ。いつかお前に会う事が出来て、千里の恋が実った時、仁に渡そうと思ったらしい」
「そう」
じゃあ貰っておく。仁はそれを膝の上に置いた。

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