最強男 | ナノ


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桐生はするりと千里から腕を解くと桐生は身を乗り出して仁に言った。

「デートしようぜ」
「俺?」
「シン」
「千里、向こう行けよ。おれ、こいつに興味あるなぁ。名前は?」

日下仁と答えれば、桐生は納得したような顔をした。

「ああ、千里、初恋の君に会えたわけだ。ますます興味あるな」
「仁に興味持つな」
「うるさいなー、サトちゃん」
本当にうるさそうに顔をしかめる桐生に千里は話しかけた。


「シン、歌舞伎町から手ぇ引け」
「やっぱ目ぇ付けられた?」
「ああ」
「もうちょっと引っ掻きまわしたかったけど、わかった。やめる」
あっさり桐生は手を引く事を快諾した。

「桐生組は歌舞伎町を引っ掻き回して何がしたかったんだ?」
「東雲組の反応を見る為だよ。東雲組の反応はどの組より早い。敵にまわせない組だ。まわすつもりもないけどさ。ねー、話そらさないでよ、サトちゃん。仁、デートしよう」
「椎名」
千里の咎めるような声。

「椎名言うな。その名前はオレの名前じゃねぇよ」
テーブルを蹴り上げる桐生に千里は言い直した。

「シン、仁に構うな」
ちっと舌打ちして桐生は横を向く。


「じゃ、なんで連れて来たわけ? 大事な大事なネコちゃんを」
「お前は、俺にとって大事な奴の1人だからこそ、仁に会わせておきたかったし、仁にも椎名を会わせたかった。……それだけだ」
「オレ、大事……?」
桐生は見上げるようにして千里を見る。

今でも千里を好きなのが、その表情でわかる。

千里の答えを聞きたくなくて仁は立ち上がる。

「あ……、電話。外に出てる」
あたかも携帯に掛かってきた風を装い、仁は外に出た。


心が痛くなる。その位、仁は千里を想っているんだと実感する。

「仁」
ドアが開いて千里が出てくる。

「行こう」
「千里、いいの?」
ちらりと中を伺えば桐生がこっちを向いていた。

「いい。仁のほうが比重は重い。お前こそ電話いいのか」
手には携帯電話。

「あ、うん」
くしゃくしゃと仁の髪をかき回し、千里は歩いて行く。

「仁、花やしきに行くか」
「ええ?」
「決まりだ。花やしきに行こう」
「花やしきって浅草の?」
「他にあるのか?」
「ないけど、なんで花やしき?」
「子供の頃よく行ったんだ。時雨さんがよく連れて行ってくれてな、俺の中じゃ、花やしきっていうのは思い出の場所だ。お前を連れて行きたいんだ」
「……うん」

そんな事言われると自分が千里の特別に思える。


「悪かったな。会わせるべきじゃなかった」
「ううん……。付き合ってたの?」
「仁を見るまでな。仁を見てからは、誰とも付き合えなくなった」
「千里って意外と一途?」
「意外は余計だ。一途だな。褪せる事なく、11年だからな」
「なんで、そんなに想えるの、俺の事」
「なんでだろうな」
微かに千里が笑う。


車を置いて初めて仁は千里と山手線に乗った。
上野駅から徒歩で雷門まで。仲見世通りを通り花やしきへと進む。

「直接花やしきに行かないの?」
「仲見世通りで煎餅を買って貰うのが俺達の楽しみだったんだよ」

ほら、と焼きたての煎餅を手渡される。


誰もこの人がヤクザだなんて思わないんだろうな、と店を覗いて行く千里の背中を見る。


立ち止まって千里の背中を眺める。

この背中をずっと追っていけるだろうか?


千里が隣に仁がいない事に気付き振り返った。

「仁」
その声に仁の身体中が歓喜する。

千里だけ。
心が、身体が千里を求める。

千里のもとに走り寄る。

「どうした、顔赤い」
「なんでも……ないよ」
千里の前を歩きだす。

「仁」
再び呼ばれて振り返る。

仁を見つめる千里がいた。

「千里?」
千里が何か呟いた。

「え?」
聞き取れなくて首を傾げると仁のもとにやってきた千里が耳元で囁いた。

「……好きだ」
密やかな声。
千里を見上げれば悲しそうな瞳とぶつかる。

「千里?」
どうしてそんな顔をする?
千里の頬に触れようと手を伸ばした時、千里はすっと身をひいた。


「置いて行くぞ」
歩きだした千里。空(クウ)を掴む仁の手。
仁は静かに手を下ろした。

「千里……?」
さりげなく千里は仁を避けた。

なぜ?
仁の中で疑問と、なぜか不安が押し寄せた。


千里は振り返らない。
さっきのように振り返って名前を呼んでくれない。


訳のわからない不安が渦を巻く。
なんだ、これは。

浅草寺に千里は入っていくが仁は千里の後を追うこともできなかった。


くるりと浅草寺を背に仁は仲見世通りを出た。
再び雷門を抜け、JRではなく地下鉄に向かう。

途中、仁はメールを送った。

――今から行く
と。

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