▼ 9
棗は1つ頷くと、側の布団を差した。
「下絵書くから、シャツ脱いでうつ伏せに寝て」
「はい」
棗の筆が迷いもせず背中に龍の下絵を書いていく。
静かな時間が流れた。
かたりと静かに筆を置いた棗を見る。
「見る? どんな感じか」
棗は立ち上がって姿見を持ってくる。
背中を写し、振りかえるようにして背中を見た。
2頭の昇り龍がいた。
「今から筋彫りするから」
「筋彫り?」
「全体のアウトラインを彫るんだ」
少しの休憩の後、棗は一気に描いていった。
「ッ!」
ぎゅっと手や身体に力が入る。
背中が熱い。
仁はようやく千里が言った意味を理解した。
千歳の送り迎えを千草にとの配慮、今更ながら仁は感謝した。
筋彫りはアウトラインとはいえ墨を針で入れているのだ。痛くないわけない。
自分の背中が真っ赤になっているのは見なくてもわかった。
さらりと髪に指が入れられハッと気付いた。
「終わった。千里呼んで来る」
それに頷いて目を閉じた。
「仁」
千里の声に目を開ける。
「千里さん?」
「ああ」
千里に手を伸ばす。その手の指に千里の指が絡む。
会話は何もない。けれど仁はそれが心地良かった。
千里の手の温もりが伝わる。
「なぁ仁」
「……なに?」
「俺の我儘だ」
「え?」
「刺青背負えば、お前はここにいるしかない」
「言ったよ、俺。千里さんに。ついていくって」
「そうだな」
そっと起き上がると仁は千里の目を見た。
「俺、千里さんをみてると訳わかんなくなる。心臓がぎゅっとしめつけられるっていうか。
千里さんて、きっと強いし、どっちかって言うと誰かを守るタイプ、まぁこれは男ならだいたいそうかな? だし。でも、思ったんだ、千里さんを守らなきゃって。
……アレ、何言ってんだ。えっと、だから、」
「それ、恋って言わないか」
「こい? こいって。え、恋!?」
仁の顔が背中以上に赤くなった。
ふっと千里が笑う。
「恋、かなぁ?」
「そうだろ」
「……」
恥ずかしくなって仁は下を向く。
「仁、俺の顔見ろ」
ぶんぶん首を振った。
「俺は仁が好きだ」
千里の台詞に顔を上げれば、ばっちり目が合った。
「ち……ンッ!」
名前を呼ぼうと口を開いた時には千里にふさがれていた。
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