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「……千里さん」
「何だ」
「見せて。千里さんが背負う虎」
千里は小さく笑うと歩き出した。
それに仁が付いて行く。
初めて入る千里の部屋。
洋間の、この上なくシンプルな部屋だった。
上着を脱ぎ、ネクタイをしゅるりと抜く。
シャツを脱ぐ千里は色っぽかった。
色男、そんな言葉が浮かぶ。
鍛え上げられた上半身があらわになる。
どきんと胸が鳴る。
まるで恋の予感のように。
仁は首を降った。
「仁?」
「あ、すみません」
顔を上げたときに目に入った金の虎。
「……」
言葉を飲んだ。
生きている。
この虎は生きている。
それが仁が感じた千里の虎だった。
「飲み込まれそう……」
そっと千里の虎に触るが、感じたのは当たり前だが千里の温もりだった。
ふいに涙が出た。
それに気付いた千里が振りかえる。
「どうした?」
「冷たかった、いつも。でも、千里さんはあったかい」
求めていた温もり。その温もりをようやく見つけた気がした。
千里は何も言わずに仁の涙を指で拭う。
「泣けよ、仁。涙は俺が受けとめてやる」
そう言ってくれた千里に笑顔を見せる。
「風呂入ってくる。……俺、千里さんの虎、好き。この虎、千里さんそのものだ」
仁は気付かなかった。自分が告白していることに。
そしてうれしそうな千里の顔に。
夜、千草に案内された部屋に棗がいた。
「新居(ニイ)棗です」
「日下仁です」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
「千草さん」
棗が千草に声をかける。
「2人にして下さい」
「わかりました」
千草は部屋を出ていった。
「仁、これから話すことは誰にも口外しないと約束して欲しい」
凛とした棗の口調にはいと返事をした。
「施術した僕しか知らない」
棗と視線が合う。
「千早が昇り龍を入れようとしていたのは知ってるね?」
「はい」
「千早は刑事になったけれど、千早の身体には昇り龍がいる」
「……え、それは……」
「千里や千草は知らない。誰も。千早の腰骨の辺りに小さな昇り龍が生きている」
「……」
「それでも、2人分背負う覚悟はあるのか、仁」
千早の身体に住む昇り龍。
それさえも超える2人分の龍。
背負えるだろうか、仁はぎゅっと拳を握る。
「彫って、下さい。朱い昇り龍と蒼い昇り龍」
仁の瞳の中に龍が住み着いた瞬間だった。
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