▼ 21
窓から見える空は青い。
いい天気だった。
「千歳。仁は帰ってくる」
仁がいないというだけで不安だった。だが、仁がいなかろうと、空は晴れるのだ。
今日の天気が雨ならば、千里は仁が帰ってくるとは気持ち的に思えなかったかもしれない。
机の上に母から貰った千鷹が昔調べた仁の調査書が目に入った。
千草が置いたのだろう。
それを手に取った。
一枚目から読んでいく。
読み終えた千里が顔を上げると、千歳がじっと千里を見ていた。
「起きたか」
「……あのね、仁が言ってた。ずっとここにいたいって」
「仁が言ってたのか?」
「うん」
仁に無理やりここにいろと最初に脅したのは千里だった。
想いが通じた時、千里は仁はもうずっとここにいるだろうと勝手に思っていた。
仁は違ったのかもしれないと気付く。
千里の気持ちが離れたら、仁の居場所はなくなる。そう思ったのかどうなのか。
「いていいんだよ、仁は。あいつは家族だ。大切な家族で……」
俺の愛すべき人、と千里は声に出さずに付け加える。
そして、
「……それに、必ず仁は帰ってくる。仁が帰る場所はここしかないだろ。違うか、千歳」
「違わない!」
「だろ?」
とん、とベッドを降り千歳は千里の側に寄ってくる。
「ほかに何か言ってたか?」
「お父さんのこと大好きだって。僕の事も大好きって言ってくれた」
「そうか。千歳も好きだよな。言ってたもんな」
「うん。大好き」
嬉しそうに笑みを向けてくる千歳。
この顔を悲しませてはならないと千歳の頭を撫でる。仁が帰らなければ、自分も悲しい。千歳だってそうだ。
人見知りの千歳が一目みて仁に懐いて慕っている。
珠希だって悲しむだろう。仁が帰って来なければ、また珠希は塞ぎ込むかもしれない。
仁の存在は大きい。
「千歳、手伝ってくれないか。仁奪還計画を」
「だっかん?」
「仁は今、捕まってる。取り返しにいく、って意味だ」
こくっと千歳は頷いた。
「よし」
千歳と部屋を出る。千里の手には仁の調査書。
「どこに行くの?」
「千歳、来い。いろいろ手伝ってくれ」
「わかった」
付いてくる千歳に言い、千歳の小さな手と手を繋ぐ。
リビングに珠希と渚がいた。
料理の話をしていた。
「珠希、渚」
「作戦会議だよ」
続けて千歳が言う。
「作戦会議?」
渚が聞き返す。
「そう」
頷き、千里はバサッと仁の調査書をテーブルに置くと椅子に座った。
ソファーに座っていた珠希達も千里の向かいの椅子に座りなおす。
千歳は千里の腕の中に収まる。
「仁の身元調査書?」
タイトルを珠希が読む。
「組が仁奪還の周りを固める。ここ見てくれ」
何枚か調査書をめくり指を指した文章。
「え……っ」
珠希が声を上げる。
「なに? どうしたの?」
千歳が調査書を見ようとする。
調査書を千歳に手渡す。
「ここ」
その文面を千里は口に出した。
珠希と渚が顔を上げ千里の顔を見る。
「でも、これ、どういう事なん?」
「さぁな。これに詳しく書いてない。時雨さん辺りに聞けば詳しくわかるはずだ。これが本当なら使える」
「これ、誰が書いた調査書なん? 千里が誰かに仁の身辺探らせたん?」
「俺じゃない。調べたのは要さんだ。調べさせたのは親父らしい」
「ええっ、そうなん?」
千里は頷き、先程口にした文面を口にする。
「羽柴さんが言うには向こうの組長は関わってない。これをつつくのもいいんじゃないかと思ってな」
「具体的にどうするんだ?」
渚が聞いてくる。
「じいさんの代は久遠寺と東雲の関係はむしろ良かったと聞いてる」
「まさか、千里……」
「そのまさかだ。だから、これを利用できないかと思ったんだ」
とん、と読み上げた文章の書かれた箇所を指で叩いた。
「まだ具体的なことは……まだ、考えてない。それにこれだけじゃあなぁ」
「なにか企んでる顔してるよ」
渚が千歳の顔を見てふふっと笑う。
「お前もな」
「……千歳を使う気なん?」
「危ないことをさせるわけじゃない。な、千歳」
「うん!」
気合いの入った返事をする千歳に珠希は眉を寄せたが、
「千歳も東雲やからなぁ。ま、きばりぃや」
「応援しちゃうとこ、珠希さんだなぁ」
「そうやね」
渚に笑いかける。
珠希のそんなところを千里は気に入っていた。放任とは違う。信頼だ。
「千歳。千里と仁連れて帰ってくるねんで?」
「わかった!」
「頼もしいわ。男の子って、こうやって男になっていくんやなー」
「かもな」
と、千里。
「そうかも」
と、渚は肩をすくめた。
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