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「なんでそう言い切れる。千明といたのは中学にあがる前までだろ」
「それ以降、オレは千明とまともに話したことはないな。でも、小さな頃培った絆って、特別だろ。大人になってからの絆なんて脆いと思わないか、東雲さん」
厚也がにんまり笑った。
「俺らの心ん中はいつも一緒だ。……ほら、な」
そこに携帯電話の着信音。サブディスプレイを見て厚也はそれを千里にわかるように掲げてみせた。
そこに、千明の文字。
「……出るぞ」
千里が携帯を取り上げる。厚也は特に何も言わずに千里に携帯を渡す。
オンにすれば千明の声が聞こえた。
『厚也、行くよ』
「千明」
『……里兄? なんで厚也の携帯に……』
「千明。仁を助けたいのはわかるが、今は引け」
『……厚也、出して』
千里は黙って厚也に携帯を出した。
厚也は少ないやり取りで電話を切った。
「3日、猶予やるよ。東雲さん。3日たっても東雲さんが動かなかったら千明と動く」
「……いいだろう。仁は3日後にはここにいる」
「そう願う」
「……少し寝ろ」
千里は立ち上がり千歳と部屋を出て行きかけ御堂に声をかけた。
「御堂」
「お前はあまり顔を知られていない、“日立”だ。だが、どこで知られるかわからない。慎重に動け。咄嗟の判断で動くなよ」
「肝に命じてます」
「お前は心配してないけどな」
「ちーちゃ…、いえ、組長、ありがとうございます」
御堂の組長という言葉に苦笑し、部屋を出る。御堂には名前で今までのように名前で呼ばれたいと思ったが、組長と言った御堂の顔は真剣で、ようやく御堂も“日立”として初めて自覚というものが出来たのかもしれない。
日も落ちた頃、厚也は千里達と一緒に横浜の屋敷を出た。
2台の車。1台は御堂が運転する車。厚也が乗っていた。もう1台が千草が運転する車。千里と珠希が乗っている。
東京に入ってから二手に別れた。尾行の用心の為だ。
御堂達は遠回りして歌舞伎町に入るだろう。
千里は再び別宅に足を踏み入れた。
神流が千里を見つけて寄ってくる。
「組長」
その一言で外にいた組員の緊張が走る。組員がざっと脇へよる。海を割ったモーゼを思い出す。
「おかえりなさいませ」
その中を千里と珠希は歩いた。
急遽、集まったにも関わらず幹部全員が出席していた。
この中には仁を知らない者もいる。が、名前は広く知れ渡っていた。
将来、組長の相棒となる者。
そう認識されているが、仁を知る幹部も仁の為に動く事には難色を示した。
仁は、東雲組にいるものの、彼はまだ一般人だったからだ。
千里と盃を交わしたわけではない。
仁を知る幹部も仁の人柄まで深く知るものは少ない。
それに相手が久遠寺組となると慎重だった。
「これをきっかけにカタ付けたいの」
珠希が言った。
久遠寺組とは先代からいざこざを起こし、時に抗争に発展し、それを繰り返していた。
「でもなぁ」
と、古参の海江田組長が口を開いた。
「わしは日下仁を知らん。挨拶されただけだ。人とナリのわからない組長の好いた人だからっていう理由で動けとは、間違ってねぇか」
「承知の上です」
千里ははっきりと言った。
「あいつはうちに必要な人間だ。いずれ、わかるさ、あんた達にもな」
「それで納得して動けと? 出来るわけがない。今、事を荒立てるのは得策じゃない」
「そうかな?」
そこに千森が割って入った。千森の横に日立神流がいた。
「つつくとこさえ間違わなければ、久遠寺を潰せる。ただまだ情報が足りない」
「久遠寺を叩くとき、一斉に動けば、一網打尽に出来んの。これが最後のチャンスかもしれへん」
「一斉にか。俺、乗った」
立ち上がった男がいた。雨宮だ。
「海江田さん。反対か? けど、ここで動けば確かに久遠寺を潰せるかもしれないぜ」
「下手するとうちもつぶれかねないぞ。雨宮」
「千里は東雲組を潰す覚悟で言ってる」
「この組が潰れたらどれだけの奴が路頭に迷う奴が出るかわかってんのか」
もちろん、と雨宮は嘲笑う。
「それ、わかった上の覚悟だ」
千里は言った。
「だからこそ、失敗は許されない」
海江田に言い切った。
「千鷹に似てきたな。小僧」
嫌そうな顔をして千里は海江田を睨んだ。
「千鷹も同じセリフをワシに言うた。同じ目をしてる。千里、仁が帰ってきたら、2人でうちに来い」
「わかりました」
幹部会は夜遅くまで続いた。
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