誤魔化した心









―――『久しぶりにデートしようぜ!』



朝起きるなりそう言った名前は、今までにないくらいキラキラした瞳で俺をまっすぐにみつめると、行きたい場所があるんだ!と続けた。普段からあまりわがままを言わない名前の頼みとあらば、俺も力が入るというもの。何が理由なのかは知らないが、俺は張り切ってデートの準備を進めた。ちなみに今回のデートの場所は、アパートからもよく見える小高い丘だ。名前くらいの男子高校生なら、ゲームセンターとか映画館とか、もっと他に行きたい場所があったんじゃないかと思ったが、誰もいない静かな丘で穏やかなひとときを過ごすのも悪くない。名前にしては落ち着いた考えで驚いたが、俺は大賛成だ。
今日、俺は講義もバイトもなく、1日休みだ。だが、名前は学校があるため、デートは夕方5時からの現地集合となった。予定の時間までまだ余裕はあるし、軽く夕飯の下準備でもしておこう。俺は台所に立つと、いつも通り料理を始めた。しかし、この行為が災難を呼ぶ。



こんなもんか。あとは焼いて盛り付けるだけだし、いつ帰ってもすぐに食べられるだろう。下準備を完璧に済ませた俺は、時計を見て驚愕する。時刻は5時10分。集合時間はとっくに過ぎているし、ここからだと丘まで15分はかかる。これは大目玉だ。俺はあわてて下準備の住んだ食材にラップをかけると、上着を掴んで家を飛び出した。














芝生の敷き詰められた坂道を登ると、頂上に植えられた1本の木の先端が見えてきた。あそこに名前もいるはずだ。遅れていることと名前に早く会いたいという気持ちから、歩く速さはどんどんあがっていき、名前の姿が見える頃には小走りだった。木の根本に寝転んでいる名前を呼ぶと、頭だけをこちらに向けた名前は、開口一番、おせぇーよ!と俺を怒鳴り付けた。時計を見ると、もう5時30分の手前。これはどんな理由があろうと、怒られて当然だ。これだけ遅れて怒らない人がいるなら、ぜひ会ってみたい。俺は、悪い、と一言謝罪をしてから名前のそばに寄った。起こせ、といって差し出された手を掴んで引き上げると、軽い名前の体は簡単に起き上がった。俺もその隣に腰かけると、眼下に広がる、オレンジに染まった街並みを眺めた。夕焼けをキラキラと反射する屋根が眩しい。
見てみたかったんだ、おれ。
不意に名前が呟いた。



『マルコとの思い出がいっぱいつまったこの街を、全部見たかった』



その言葉はまるで、これから自分に訪れる運命を真っ直ぐに見すえているようで、俺は一気に不安になった。それを紛らわすために芝生の上の白い手に自分の手を重ねると、名前はこちらを向き、どうしたんだよ、と笑った。俺はただ、黙って目の前の街並みを見つめる。そこにはいろんな出来事が思い出として、しっかりと残っていた。
桜の舞う公園。一緒にお揃いの食器を買いに行った百貨店。買い物をしながらよく夕飯は何がいいかでもめたスーパー。たまに時間がない時なんかに訪れたファミレス。恥ずかしいから嫌だと言ったのに嫌々プリクラを撮らされたゲームセンター。俺たちを兄弟だと思っていろいろ世話をやいてくれた近所の人たち。急に雨が降った日は傘を1本だけ持って迎えに行ったり来てもらったりした駅の改札口。そして、日々、愛情を深めた我が家。
ここには、俺たちの全てが詰まっていた。



「名前」



小さく名前を呼ぶとこちらを向いた名前に、俺は体をひねって、優しく触れるだけのキスをした。名残惜しさは残るがゆっくりと離れようとした時、ちゅっと可愛いリップ音をたてて、名前から俺にキスをしてくれた。向こうからしてくれることなんかめったにないから驚いて名前を見ると、名前はいたずらな笑みを浮かべていた。名前が不安な時は俺が側にいて励まして、俺が不安な時は名前が側にいて励ましてくれる。一番辛いのは名前のはずなのに、と罪悪感に苛まれるが、当の本人はこう言う。死ぬ人より、残された人の方が辛いだろ、と。名前は強くなった。変わりに俺は、弱くなってしまったようだ。



辺りはだいぶと暗くなった。あれからもずっと手を繋いだまま、ただ街並みを見つめていた俺たちは、時間が過ぎていく感覚がなかった。時計で時刻を確認すると、もう7時前。春先はまだ夜は冷たく、日が落ちるのも早い。街の家々に灯る明かりが、くらい夜を照らしていた。名前は元気よく立ち上がると、さっぶー!と腕を擦って身震いをした。制服の下は薄着のようだ。俺も立ち上がると、先に道を下っていく名前に続いた。俺が数歩歩き出した時、そうだ、という声と共に名前が立ち止まり、こちらを振り向いた。



『今日はおれがすっげーまたされたから、次は――――』



名前の声は、二人の間を駆け抜けた夜風にさらわれた。楽しそうに笑う名前の口元だけが、はっきりとその言葉を発した。











誤魔化した心



(絶対!約束だから!)









continue...





20111221


十四話!
二人の約束の場所





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