「―名前先パイ…」


一番初めに声を上げたのは、木ノ下菫だった。その顔には驚きが浮かんで、そしてじわじわと変な笑い顔になった。今話題にしていた人間が現れたんだから、焦るのは無理もない。そんな引き攣った笑顔の木ノ下とは対照的に、苗字は僕と木ノ下を不思議そうに見てた。木ノ下は場を取り繕う様に口を開くけれど、あ、えと、とまともな言葉にならない。気まずそうな表情で、助けを求める様に僕にちらちらと視線を向てくる。僕はそんな木ノ下に嘆息してトンファーをしまった。





「雲雀さん」


次に声を上げたのは苗字だった。声に苗字を見遣る。
「私、先生にプリント提出しなくちゃなので、先に行ってきます」


そう言って、苗字は僕の返事も聴かずに今開けたばかりのドアに手を掛けた。




「―え、ちょっ名前先パ…、」


ドアが閉まる直前、漸く木ノ下が苗字にまともな声を掛けた。それが苗字に届いたかどうかは解らないけれど、応接室のドアはパタンと音を立てた。





「―っなんで止めないんですか!名前先パイ行っちゃいましたよ!?」



閉まったドアから振り向いて、木ノ下がそんな声を上げた。この子本当に煩い。こんなけたたましい女子とは同じ空間に居る事すら不快だ。早く済ませてしまおうと、僕は後ろにあった大きなデスクに腰を掛けながら口を開いた。





「さっきの、続き聴かせてよ」


「え、でも名前先パイが…」

「早く、それとも―」


再びトンファーを手にすれば、木ノ下はわわわわと訳の解らない声を上げる。ねぇ、それ見るのも聞くのもいい加減飽きたんだけど。と、木ノ下がまともに話せる様になるまで、僕はもう一度溜息を漏らした。







「デートしてるみたいなんです、殆ど毎日。部の先パイが夜に走ってるんですけど、その時よく見掛けるって…」




「…ふぅん」


まあ、そんな事だろうと思ってたけど。
木ノ下の話によれば最近苗字と山本武は学校が終わった後会っているらしい。いつだったか、名前で呼び合っていた二人を思い出す。



「…あの、雲雀せんぱ、っ!」


上がった声に目だけ動かせば、木ノ下が短く上擦った声を上げた。身体を萎縮させて固まるその姿は、凶器を突き付けられた弱者そのもので、ああ怖いんだな僕が、そんな事を思った。





「―それだけ?」


「…へ?」


「話が終わったなら帰って」


腰を掛けていたデスクから身体を起こす。そんな僕に木ノ下がびくびくしながら、けれど何処か縋る様に口を開いた。




「え、あの、だから、どうなんですか、名前先パイが付き合ってるのは、」


「知らない」



「知らない、ってどういう事ですか」


「君、日本語の意味も解らないのかい」


もうこの子と話すのやだ。そう思うと同時に僕の身体は応接室を出るべくドアへ向かう。




「そうじゃなくて!」


僕の行く手を阻む様に響いた声、その大きさに僕は思わず足を止めた。見ればさっきまで顔を蒼くして震えていた木ノ下は、真正面から僕を睨む様に視線をぶつけてきた。まるで別人だ、その頬が怒りで紅潮している。木ノ下の変わり様に、僕は不意に沢田綱吉を思い出す。弱かったり、急に暴れたり、よく解らない草食動物。あれみたいだ。
けれど木ノ下は暴れ始める事はなかった。へなへなと、風船が萎む様に力をなくした木ノ下は、顔を覆いながらぺたりと床に座りこんだ。





「……、何泣いてるの」


「…だって、」


涙声のその先は僕には聞き取れないような言葉で。それだけなら未だしも、子供みたいに声を上げて泣きだした木ノ下に、この面倒事を置いて行った苗字に、僕は今日何度目か解らない溜息を吐き出した。









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