蒼い空に太陽が大きな顔をしだして、夏が始まった。校内ではテストも終わり、あとは夏休みを待つばかり、と浮かれた生徒達が目障りで僕はイライラしていた。咬み殺し甲斐のない生徒ばかりでつまらない。それに僕のイライラはそれだけが原因じゃなかった。放課後に苗字が残らなくなったからだ。 放課後、少し早めに校内の見回りをしても、教室にも図書室にも苗字がいない。どうやら授業が終わると早々に帰宅している様だった。

今までは、まるで家に帰りたくなさそうに、殆ど毎日最終下校時刻ギリギリまで校内にいた癖に。なのにテストが終わったその日から、苗字は残らなくなった。ぱったりと。勝手な子だと思う。何があったのか知らないけど、この僕に断りもなくそんな事をするなんて。


だから今日は苗字を応接室に呼び出していた。そろそろ掃除も終わる頃だろうと時計に目をやる。タイミングよくドアがノックされ、入れば、と返せば予想より小さな女子が「失礼します」と入ってきた。




「…何しに来たんだい?木ノ下菫」


「えと、雲雀先パイに訊きたい事があって…」


「何?くだらない事だったら咬み殺すよ」

待っていた人間じゃないのが来て、不快感もあらわに言えば、木ノ下は「えぇ!?」と大きな声を上げた。煩い。




「早くしなよ、僕は君みたいに暇じゃないんだ」



言い捨てるように促せば、木ノ下は僕の言葉に僅かにムッとした。僕の前でここまで正直に感情を表す生徒は珍しい。いや、隠してるつもりかもしれないけれど、木ノ下は僕から見ればその辺は解り易す過ぎる。例えば、苗字なんかよりもずっと。自分だって暇じゃない、とでも言いたげな木ノ下を、そんなの僕には関係ないと冷ややかに見遣る。そんな木ノ下と瞳を合わせて数秒後、意を決した様に木ノ下が口を開いた。





「雲雀先パイと名前先パイって付き合ってるんですか?」


「……どういう事だい?」


「だから、名前先パイと付き合ってるんですよね?」


言いながら真剣な顔で僕に一歩詰め寄った木ノ下に殺意が湧いたのは仕方がない。馬鹿じゃないの。如何にも女子が好みそうな話題だ。その真相を突き止めに僕の処へ来た木ノ下の勇気はある意味凄いけど、馬鹿としか言いようがない。わざわざ咬み殺されに来るなんてね、
きっとこの子はそこまで考えてないと思うけど

思わず溜息が出た。




「くだらない」


「くだらないって、そこ重要なんですよ!」


「ねぇ、それ以上無駄口叩くなら咬み殺すよ」



こんな小さくて咬み殺し甲斐のない馬鹿に振るう気にもならないけど、愛器を手に取れば、木ノ下は女子らしからぬ悲鳴を上げて後退った。このまま出て行って貰おうと、木ノ下をドアへと追いやるのに歩を進め距離を詰める。




「ひぃひひひばりせんぱ!ちょっ、待って下さい!だって名前先パイ最近、」


頭と顔を腕で隠す様にしながら声を上げた木ノ下のその言葉に、僕の脚はひたりと止まった。




「…最近、何?」


僕の低い声に、恐る恐る顔を上げた木ノ下はごくりと息を飲んだ。身体を竦ませた木ノ下に構わず、そのまま視界に収め続ける。微かに震えながら、そして僕を伺う様に見ながら、木ノ下が口を開く。




「や、野球部の、山本先パイと―」


小さな声が僕の耳にそこまで聞こえた時だった。その先を遮る様に軽いノックの音が応接室に響いた。直ぐ後ろのドアからした音に、木ノ下がびくりと身体を跳ねさせる。さっき木ノ下が来た時と同じ様に「入って」と返せば、失礼します、と声がしてドアが開いた。




「―菫ちゃん?」



ドアを開けて直ぐの処にいた木ノ下に驚いたのか、そんな声がした。数日振りに耳にしたその苗字の声は、酷く長い間待たされたような、そんな気がした。








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