▼ 6
「…ほら、来い。」
今の仁湖の目に映っているのは、
広い部屋、
天井にぶら下がっているシャンデリア、
赤い絨毯、
そして大きいベッドの上に寝転がって自分を手招きしている、
…野獣。
「…あ、あの、やっぱり俺、無理…っ」
「何でだ?」
「だってさ、…その、…恥ずかしいだろ?は、恥ずかしくないのかよ?」
仁湖は一緒に寝ることが凄く恥ずかしいと野獣に、正直に伝える
だから野獣も恥ずかしくないのか、と訊ねる。
「仁湖と一緒に寝れると思うと、羞恥より嬉しいという気持ちの方が大きい。」
「……なっ…?!」
「ほら、おいで。…別に今すぐ手は出さねぇから。」
「……う、…うん。」
仁湖は野獣の言葉に顔を更に真っ赤にさせる。
自分なんかと一緒に寝るだけで嬉しいと言ってくれたのだが、仁湖は凄く嬉しかったのだ。
「…お、…お邪魔、します。」
ベッドで寝転んだまま、野獣は自分の横をポンポンと叩く。仁湖はそんな野獣の行動にも羞恥を感じながら、恐る恐るとベッドの上に上った。
「もっとこっちに来い。落ちるぞ。」
「……で、でも、」
「もっと俺に近寄れ。」
やっと仁湖はベッドの上に上ったのだが、今にも落ちてしまいそうなベッドの端に蹲るように寝転ぶのだ。
そんな仁湖を見て、野獣は可愛いものを見るように目を細めて口角を上げると、仁湖の身体を後ろから抱きしめる。
「…ちょ、…ちょっと?!」
「暖かいな、仁湖は。」
「…ば、…馬鹿っ」
後ろから野獣に抱きしめられた仁湖は、ベッドシーツに顔を埋め、シーツを握り締める。
恥ずかしいという気持ちもあるのだが、もちろん戸惑いもある。仁湖は人との温もりを久しく味わっていなかったから…。
父は仁湖が幼い頃から仕事ばかりで、兄も仁湖のことには無関心。
愛情をあまり受けずに育ってきたものだから、野獣の些細な優しさすらも戸惑ってしまう。
嬉しいのだが、どうやってその気持ちを伝えればいいのか仁湖には分からないのだ。
……だから頬を赤く染めて、抵抗する言葉しか出てこない…。
「…仁湖。」
「な、…何?」
「……俺のこと怖くないのか?」
「え?何で?」
「普通は怖がるだろ、…こんな姿を見たら…。」
野獣にとっても仁湖のような存在は初めて。
この姿を見たら、まずは悲鳴を上げて逃げ出すか、腰を抜かして逃げることもできなくなるかのどちらかだというのに、仁湖は怯える様子すらなかったから。
「…ほ、本当は、…ちょっと怖かったよ。」
「……そうか。」
「で、でも、…それ以上に凄く優しい人だと分かったから。…もう全然怖くない。」
「…仁湖…。」
「本当にありがとう。感謝してもしきれないよ。…父を許してくれて、…おまけに俺にまでこんなに優しくしてくれて…。」
仁湖の言葉を聞いて、野獣は嬉しかったのか、仁湖の身体を抱きしめていた腕の力を更に入れて、ギュッと抱きしめる。
「仁湖、俺は、」
「何?」
「この姿は…本当は…、」
「…ん?」
「いや、……やはり何でもない。」
野獣はそこで言葉を止める。
仁湖に言っても、困らせるだけだと思ったから…。
そのときが来たら、仁湖に本当のことを打ち明けようと野獣は思った。
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