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あれから敬語を止めてから、野獣と仁湖はたくさんのことを話していた。
今までのどんなことをしていたとか、趣味は何なのかとか、好きな食べ物とか、これからどんなことをしたいのか…、とか。
…話したと言っても、話すのは仁湖だけで野獣は仁湖の話を楽しそうに聞いているだけだった。
仁湖も野獣に今までどんな暮らしをしていたのかなど、さり気なく訊いてみるのだが、野獣はやんわりと話を逸らして仁湖のことについて会話を持っていく。
仁湖は「訊かれたくない内容だったのかな?」と思い、野獣から話してくれる日を待とうと、これ以上野獣に訊くのを止めて、自分の事について話し出したのだった。
「……ふぁ…」
欠伸をした際に出てきてしまった少量の涙を、仁湖は指の腹で拭う。
美味しいご飯をたらふく食べて、長い時間話していたからなのか仁湖は眠たくなってきたのだ。
「…そろそろ寝るか。」
「あ、…ごめん。話していた途中なのに…。」
「気にするな。…ほら、こっちに来い。」
「え…?ちょ、…う、わっ?!」
眠たそうに目を細めている仁湖に手を伸ばすように野獣は言うと、再び仁湖の手と自分の手を重ねて手を繋ぐ。
「…ちょ、ど、何処に?!」
「最初に言ってただろ?…“毎日同じベッドで寝ること”って…。」
「……あ、」
「…忘れてたのか?」
「わ、忘れてないよ…!だ、大丈夫。」
「忘れんなよ。」
「う、うん。」
忘れていた、…というより仁湖は“一緒のベッドで寝ること”と、野獣が言ったことを冗談だと思っていたのだ。
だが冗談ではなかったのだと今分かった仁湖は、脳内で慌てふためく。手を繋がれているため逃げられないし、…野獣には口でも勝てないことは分かっている。
仁湖は一緒に眠ることが恥ずかしくて、必死に打開策を見つけていく。
「…あ、…あのさ!」
「何だ?」
「俺、…凄く寝相悪いよ。」
「……それが?」
「だ、だからさ、…一緒に寝たら蹴っちゃうかも…」
“だから一緒に眠るのは止めない?”と言うと、野獣は眉間に皺を寄せる。
「駄目。」
「で、…でも、」
「蹴れねぇように、俺がずっと抱き締めといてやる。」
「な、…何それ…っ?!」
「そのままの意味だ。」
…“そのままの意味”。
仁湖は野獣の言葉通り頭の中で想像してみる。
蹴れないようになるまで抱き締める=物凄く近距離で抱き合ったまま寝る
……………。
「…だ、駄目!」
野獣の言葉通り想像してしまった仁湖は、頬を真っ赤に染めて反論する。
「…駄目じゃねぇだろ?」
「で、…でも、そんなの…恥ずかしいし…。」
「…んなに照れるなよ。
俺にまで緊張が移ってきただろ…。」
そう言った野獣の頬を仁湖はチラリと見ると、自分と同じように赤く染まった頬が見えて、仁湖は更に自分の頬が熱くなるのが分かった。
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