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「…そ、そんなことでいいんですか…?」
「あぁ。…それだけで十分だ。」
野獣の申し出に若干困りの気味の仁湖。
もし運が良くても一生コキを使われると思っていた。掃除や洗濯に料理……、とこの野獣に死ぬまで雑用として使われると仁湖は想像していたのだ。
そして…、運が悪くてこの場で殺されると思っていた…。
だが実際はどうだ。
“毎日同じベッドで寝る”だけ…。
この野獣の申し出に仁湖は困り果てる。こうも優しいと裏があるのではないかと思うほど、仁湖は戸惑っているのだ。
「…あ、…あの、えっと…」
「腹、……減ってないか?」
「あ、…えっと、…は、はい。」
「こっちに来い。」
「……う、…わっ…?!」
腹が減っていると素直に言う仁湖に、野獣は口角を上げて少しだけ笑みを見せると、仁湖の細い腕を掴んだ。
いきなりの野獣の行動に仁湖は驚いて声を上げるのだが、野獣は気にせず仁湖を引っ張っていく。
「…あ、…あの、」
「何だ?」
「その、…だから…っ、…手…」
最初は腕を掴んでいただけだというのに、何故か野獣は仁湖の手の平と自分の手の平を重ね合わせるように手を繋いだ。
ごつごつして筋張った男らしい手。
自分のものとは全く違う“男”の手に、劣等感に陥りながらも、言葉では表せない胸の高鳴りを仁湖は感じていた。
「…嫌か?」
「…え、…っと、」
「嫌じゃねぇならいいだろ?」
「あ、…は、はい…っ」
仁湖が返事をすると、野獣は空いているもう片方の手で、仁湖の柔らかい髪の毛をクシャクシャと掻き混ぜた。
「…行くぞ。」
「…………はい…っ」
今まであまり味わったことのない“優しい温もり”。
仁湖は息切れに近い心臓の圧迫を感じたのだが、それは「手を引っ張られて早歩きをしている所為」だと決め付け、このポカポカする気持ちを胸の奥に押し込んだ。
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「…凄い、美味しかったです。ご馳走様でした。」
先程手を繋いだまま連れてこられたのは、広い食堂。
豪華な椅子に机。それに高価そうなカーペットに壷。
落ち着かない様子で仁湖は椅子に座っていたのだが、…ここの屋敷で働いているのであろうメイドに運んできてもらった美味しそうな料理に、一瞬で目を奪われた。
父親と暮らしていたときに食べていたのは、パンやスープ。一週間に一回肉が食べられればマシな方なのだ。
自分の暮らしとは全く違う暮らしをしている野獣に、憧れる仁湖。
「口にあったようで良かった。」
「…本当にありがとうございます。こんな豪華な食べ物まで御馳走して頂けるなんて…っ。」
初めて見た食べ物はどれも美味しかった。
……だが自分は客として招かれたのではない。父親の代わりとして身売りに出されたのだ。
豪華な料理を食べられたのは正直に嬉しいのだが、自分には相応しくない待遇。
「…あ、…あの…、」
「遠慮するな。今日からお前はここで一生俺と暮らすのだから。」
「………え?」
“一生”?
「すぐにとは言わない。徐々に慣れていけばいい。…俺に出来ることがあれば、手を貸す。」
「…ちょ、…あ、あの…っ」
「……これからは、
俺が仁湖を幸せにしてやる…。」
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