一万円・番外 | ナノ

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「…こんにちは。」

商人の息子である仁湖は、父親に呼び出されて次の日の正午には、野獣の屋敷に辿り着いた。
仁湖が屋敷に着いたと同時に、監禁されていた商人は解放されることとなった。すると商人はこれから自分の息子の仁湖がどのような仕打ちに遭うのかも気にせず、ただただ自分の命惜しさに、逃げることに必死だった。

「…迷惑を掛けてしまって、すみませんでした。」

自分を置いて逃げるように去っていった父親の後姿を、悲しそうに見送る仁湖。だが野獣には悟られないようにと、必死に表情を隠す姿はどこか加護欲をそそるものがある。

もちろん野獣もその一人…。



「…お、俺何でも言うこと聞きますので…」

仁湖はそれに続けて、「掃除も洗濯も料理も、…自分に出来ることは何でもしますので、父の命だけは助けてください…っ。」とも言った。


その仁湖の言葉を聞いて、腸が煮えくり返りそうなほど怒りを感じた野獣。

…もちろんその怒りは、目の前の仁湖ではなく、仁湖の父親の商人へと…。


もしかしたら自分が死んでしまうかもしれないという立場に居ながらも、なおも父親の無事を祈っている仁湖に野獣は心打たれる。
…それと同時に、息子の思いを無視して自分だけ逃げた商人に殺意が芽生えた。


“今からでも遅くない。…殺せる”


今からでも商人を殺すのは簡単だ。…だがいくら心が汚なくても商人は仁湖の父親。殺してしまえば、きっと仁湖は傷ついてしまう。
ただでさえ今の仁湖の心の中はズタボロだろう…。これ以上仁湖を悲しませることなど出来ない。

だからこそ、“自分の手で仁湖を幸せにしてやろう”と野獣は心の底から思った。


「…俺、何をすればいいですか…?やっぱり、俺…死んじゃうんですか…?」

まるで何もかも諦めたような自嘲気味の表情…。相応しくない仁湖の表情に、野獣は何とも言えない感情が芽生えて、咄嗟に仁湖の身体を抱きしめた。


「………な…っ?!」

「…お前は何もしなくていい…。俺の傍にさえ居てくれれば、それだけでいい…。」

「あ、…あの、…で、でも…っ。」

身長も高くて体格もいい野獣に抱きつかれて慌てる仁湖。


「な、何もしないだなんて、…そ、そんなこと出来ません…っ。」

何もしなくていいと言う野獣に、そんな無礼なことは出来ません、と仁湖は引き下がらない。
意外と頑固なところもあるのだな…、と野獣は仁湖に気付かれないように笑うと、「それなら…」と一つだけ仁湖に要望することにした。




…それは、




“毎日同じベッドで寝ること”…。






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