短編集 | ナノ

 2





「…さ、寒い…っ」


一人閉じ込められた俺は、屋上の隅で膝を抱えて座り、寒さに凍えていた。
季節はもう12月。
学ランと中にパーカーを着ているだけなので、この寒中では辛過ぎる。


「…お腹も空いた…」


ポケットに入っていた一粒の飴は、先程食べたばかり。
あんなに嫌いだったミント味さえも、美味しく感じるなんて…。たった数時間だけなのに、凄く飢えを感じてしまうのは何故だろう?


「弱気になってるから駄目なんだよな…」


でも弱気にならざるを得ない。
俺は屋上に来たくて来たわけではない。
確かに屋上から見える夕焼けは凄く綺麗だったが、この寒さと飢えと孤独感を味わってまでも見たいものではなかった。


「…し、死ぬことなんてないよな…?」

よくドラマなんかで、“寝たら死ぬぞ!”というフレーズがあるが、やはりここでも通用するのだろうか?
……雪山ではないが、寒がりな俺にとっては雪の中に埋まっているのではないかと思うくらい寒い。


「……寂しい…、」


…こんな寒いところで一人閉じ込められるくらいなら、恐怖の不良さんと一緒の方がまだマシだ。
部長でも先生でも見回りの人でも、…不良でも誰でもいい。この際誰でもいいから、助けに来てくれないだろうか?






…ドン!






「………?」


何だ今の音は?
まさか寒さの所為で幻聴が…?
俺はそう思って、音のした方向を見る。



「……ん?」


あれ?おかしいな?
ここには俺一人で閉じ込められたはずなのに、人影が見える…。幻聴の次は幻覚だろうか?
こんな所に人なんて居るはずないのに…。
俺は幻聴や幻覚が見えるまで、寒さで麻痺しているのかな?

危機を感じながらも、幻覚の中の人影は段々と俺の方まで近づいてきた。



……そして、



「…おい」



…何と声を掛けてきた。



「……俺、もう死んじゃうのかな…ぁ」

これはもう末期症状だ。
意識はちゃんと保っているはずなのに、まだ幻聴や幻覚は消えてくれない。きっと俺が思っている以上に、俺の状態は重症なんだ。

しかもこんなときに見える幻覚がよりにもよって男かよ。…しかも凄い格好いいし。
……あれ?でも何かこの顔見覚えがあるかも…。



「…おい、聞いてるか?」

「あ、…そうか。俺の探してた不良だ。…あはは、何で滝本龍がここに?」


見覚えのある顔だと思ったら、その幻覚は滝本龍(たきもと りゅう)だった。部長から命令されて、俺が探していた不良。
…しかし本当に羨ましいくらい格好いいな。
暗闇の中でも分かるほど、銀色の髪の毛が輝いている。程よく焼けた肌に、逞しい身体。
男の俺からして憎みたいくらいの、最高の容姿だ。

あまりの整いすぎている顔付きに、おもわず俺は幻覚の滝本龍の頬に手を添える。


「……格好いい…、」

「……っ、…お前…、」

「あ、ちゃんと…温かい…」


そこに居る幻覚の滝本龍は、まるで本物の人のように温かかった。……そう。まるで本物のように…。


「…………」

「………っ、」

「…え?…まさか本物じゃないよな…?」

「…偽者なんて何処に居るんだ…?」


頬に手を添えた瞬間、まるで本物のように滝本龍は焦った表情をした。
しかもお次は、俺の質問に答えてきた。


……え?
これって、…もしかして……、



「……幻覚じゃない?」

「当たり前だ、馬鹿。」

「……ひっ…?!」


幻覚ではなく本物。
そう分かると、俺の身体は寒さではなく恐怖で色味をなくし、震えが走る。


「……な、何でここに……?」

「あ゛?…俺はここで寝てたんだよ。」

「………寝てた?」


どうやら滝本龍の話によると、昼寝をしていてそのまま寝過ごして今に至るようだ。


「…で、でもさっきまで誰も居なかったし…」

「俺は上に居た。」

「…う、上…?」


俺は辺りを見回すと、梯子が付いた場所を見つけた。
……もしかすると先程幻聴だと思っていた“ドンっ!”という音は、あの上から下りた音だったのかな…?



「…………」

「……………」

「…………、」


滝本龍の登場に驚き震えている俺を、滝本は鋭く細長い目で見てくる。
……もしかしなくても怒っているのかな?

…で、でも俺がこの場に居るのは不可抗力だし、それに俺が鍵を閉めたのではない。
こうも不良で格好いい滝本から見られると、息の仕方も分からなくなる。


…もしかして他のことで何か怒っているのかもしれない…。


「…………」

「………」

「………っ、」


あ、…あれだ。
きっと滝本はあの行動に怒っているんだ…っ。
俺が幻覚だと思って、安易に滝本の頬に触れたことを…!





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