▼ 3
細い緑間の手首を掴み、走る。
我武者羅で走る俺に何とか付いて来ようとするものの、歩幅が全然違うため、緑間は何度も前のめりに転びそうになっている。
このまま走れば危ないと思いつつも、俺はただ焦りと不安、…そして少しの期待を胸に抱きながら、ただ目的もなく緑間と共に走った。
「……はぁ、はぁ…っ」
そして辿り着いたのは図書室。
…ここに居るのは、俺と俺の後ろで息を切らしている緑間しか居ない。
無意識に走っていたものの、自分の選択を褒めてやりたい。
「…あ、い…ざき…?」
「………っ、」
「う、…わ…?!」
そして俺は緑間を本棚に押し付けた。
対面して緑間の頬を見てみれば、俺が叩いた所為で若干赤く腫れ上がっている。…好きな奴に手を上げてしまったことへの罪悪感に混じって、何処か優越感がある。
これは“俺が付けた傷なんだ”そう思うと凄く嬉しく思える。
しかしやはり緑間の頬は痛々しい。
俺は熱を持っている緑間の頬に手を添える。
…そうすれば、何故だか緑間は再び嬉しそうに笑う。痛くないはずないのに、笑顔を浮かべるのは何故なのか…。
「…藍崎…?」
「……お前、
馬鹿だよ。」
叩かれて笑う所も。
そもそも俺なんかを好きになったことも。
……だが何より馬鹿なのは、こんな可愛い馬鹿を好きになってしまった俺なのかもしれねぇ。
「……痛ぇだろ?」
「…ほんの少し痛いけど、……俺、嬉しくて…」
“嬉しい”と言う緑間の表情は、教室の時と同じく嘘を吐いているようには思えない。何で嬉しいという発想になるのだろうか?普通はここで俺を嫌ったり幻滅するところじゃねぇのか…?
「…嬉しいって、何だよ……?」
「だって、俺…藍崎に嫌われたと思ったから…、」
どうやら話を聞いてみると、昨日の事で俺が緑間に愛想をつかしたと思っていたらしい。不安になっていたところで、俺が他の男と話している所で怒ったから、安心したようだ。
「……っ、…俺は、」
嫌いになってなんかいない…。
それどころか、俺の緑間への思いは日に日に濃くなっていくばかりだ。
「俺、…この頬の痛みが一生消えて欲しくない…」
「み、どりま…」
「……藍崎に与えられる全てが、愛おしいんだ…。」
愛情すら貰えなくても、この痛みでこれからも頑張ろうと思える、…そう嬉しそうに俺が叩いた方の頬を触る緑間は今まで以上に綺麗だと思った。
……綺麗過ぎる。何もかも。
汚い俺とは全く違う。
「お前は、……俺の何処が好きなんだよ…?」
匂いが好きだと言っていた。
…もしそれだけだと言われるのが怖くて、中々訊けなかった。今なら、聞ける気がする。
「…全部。匂いも声も仕草も性格も、……どう答えればいいのか分からなくなるくらい、俺は藍崎が好きだ。」
「………っ、」
初めて怯えず最後まで俺の目を見て、喋っただろう。
澄んだ目からは嘘とは思えない。
…こんな俺なんかを、好きと言ってくれる奴がいるとは。
ああ、もう我慢なんて出来ねぇ。
もうこの気持ちを抑えることなんて、
……しなくてもいいよな?
俺はもうこの気持ちを隠すことなんて出来ずに、本棚に押し付けていた緑間の細い身体を力強く抱き締めた。
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