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「……ぁ、…っ」
…どうしよう、どうしよう…。
まさか藍崎が戻ってくるなんてことを、俺は想定していなかった。
これがクラスメイトならば、服が落ちていたから拾っていたと誤魔化せるだろうが、……相手は藍崎だ。
そう簡単に、俺なんかの言葉を信じてくれるわけない。
「…何やってんだ、てめぇ…?」
「……ぁ……、」
俺を見る、藍崎の鋭く冷たい目線。
…そんな目で見られて、俺は恐怖を感じる反面、何処か嬉しいと思ってしまっている。
だって藍崎が俺のことを見ているのだから…。
「…い、いつから、此処に…?」
いつの間にか教室に入ってきたのだろう藍崎は、教室の扉に寄り掛かり、俺の方を見ているのだ。
……もしかしたら、俺が気付いていないだけで、藍崎はずっと前から居たのかもしれない。
…そう思うと、冷や汗が止まらない。
「……………。」
「…い、いつからなの…?」
「教えてやろうか…?」
「…………っ、」
意味が有りそうな言い方をすると、藍崎は長い足で一歩一歩着実に俺に近づいてくる。
…そして恐怖と射精を我慢して震えている俺の胸倉を掴むと、近距離で地を這うような声を出す藍崎。
「…お前が俺の制服を持って、喘ぎ出した頃だ。」
「………っ、」
「気持ち悪い…。」
「…あ、やめ…っ」
「止めて欲しいのは、俺の方だ。糞野郎。」
「ち、違…っ、」
「…あ゛?」
「駄目、…は、離し……」
俺は藍崎の口から放たれた、「俺が喘ぎ出した頃から見ていた」という事実よりも、…藍崎がこんなに近くに居ることの方が、俺にとっては耐え切れない事実だ。
……だって、本物の藍崎がこんなに近くに…、
し、しかも顔が近くて、
あ、藍崎が俺のこと触ってる…っ。
「……ァ、…ぅ、」
「………?」
やばい、…どうしよう。
藍崎の匂いが…。
こんなに近くに居るから、凄く強く感じる。
いつもと同じ香水の匂い。
…それに体育の後だからか、余計感じる汗の匂い。
「は、離して、…っ」
「…あ゛?誰が逃がすか。」
「違う、…ン、…も、…ゃ、…っ」
駄目。
…無理。
イっちゃう。
制服の匂いを嗅いでいた頃から我慢していたのに、…本物がこんなに近くに居て、俺の事を触っている。
…どうしよう。
イきそう…っ。
駄目、駄目なのに…。
我慢できない…。
「ひぅっ、…も、駄目…っ」
「………お前……、」
「イく…ぅ、…ァあ、藍崎…、…ぁあァ!」
そして俺はとうとう我慢出来ずに、藍崎の目の前で射精してしまった。
「……ひぁ…ァ、…」
…しかもペニスの刺激すらなく。
藍崎の匂いと、触られているということだけで。
「……ひぅ、ゃ、…だ…」
取り返しのつかない事をしてしまった…。
俺、…イっちゃった。
藍崎が目の前に居るのに…っ。
「…見ないで、…ぁ、…は、離して…」
どうしよう。
絶対、気持ち悪いと思われた。
変態だと思われた。
…やだ、嫌われたくない…っ。
「……………。」
「……ふ、…ご、ごめん、なさ…っ」
「…お前、何…?」
「………っ、」
藍崎は掴んでいた胸倉から手を離すと、射精と羞恥の所為で赤くなっているだろう俺の頬に手を添えた。
「……俺のこと、好きなのか?」
「っ、…ご、ごめんなさい…、」
「違ぇ…。謝罪が聞きたいわけじゃない。」
先程の冷酷な目から一変して、何故だか藍崎の目は熱っぽい。
「………どうなんだ?」
「…す、…好き……、」
何で、こんな事を訊くんだろう…?
訊かなくたって、分かるだろ?
好きじゃない人の匂いを嗅いで、射精なんかしない。
「俺、…あ、藍崎の事、好き…っ」
もう、ここまで来たら自分の気持ちを誤魔化すことなんてする必要はない。
…俺は馬鹿の一つ覚えのように、何度も「好き…」と目の前の藍崎に思いを告げる。
「……………」
「…あ、藍崎………、好き…、」
「煩ぇ。分かったから、…何度も言うな。」
「………藍崎……、」
藍崎はそう言うと、俺の頬に添えていた手を離す。
…その事に寂しいと思ってしまう俺はおかしくないはず。
そして藍崎はそのまま教室を出て行った。
「………藍崎…、」
だけど俺は見逃さなかった。
…少しだけ赤くなった、藍崎の頬と耳。
これってどういうこと?
……もしかして期待していいってこと?
何だよ、藍崎の奴。
…俺の気持ちだけ聞いて、さっさと何処かに行きやがって。
「藍崎、…待って…、」
そう思った俺は、濡れた下半身を不快に思いながらも、藍崎の後を追った。
……答えを聞くために。
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