▼ 恋の始まり
頭に響く工事音。
騒音に耐え切れず、俺は重い瞼を開ける。
「…………」
頭が痛い。
喉も痛い。
腰も痛い。
泣き過ぎた所為か、目を開けるのも億劫だ。
……だけど、何故だかいつもと違う。
真田に抱かれた次の日に味わう、“いつも”と同じ痛みなのに、何かが違うんだ。
寝起きの頭では上手く考えることも出来ずに、ただ俺を苦しめる。考えても、考えても、納得のいく答えには辿り着かない。
仕方ないので、俺は答を見つけることを一旦諦めて、けたたましく鳴り響く工事音の中ででも、未だ俺の隣で眠り続けている真田に視線を移す。
「…………、」
“いつも”は俺より先に真田が目を覚ましている。
そして目を覚ませば、何をするわけでもなくベッドの端に座って俺の顔を眺め続けてる真田の顔が一番に視界に入っていた。その度に真田に文句を言い放ち、逃げるように部屋を後にしていたな。
こうして俺が先に目を覚ますことなんて、一度もなかったのに…。
「…早く起きろよ。
馬鹿…。」
真田を起こすのは簡単だ。
身体を揺すり、耳元で大声を出して、頬を叩けば一発で起きるだろう。
…だが自分から起こすなんて出来ない。別に「気持ち良さそうに眠っているから、起こすのが可哀想」とか思っているわけではない。
……ただ、
寂しいと思っていることを悟られたくないだけ。
俺はどうすることも出来ずに、真田の髪の毛を梳かすように頭を撫でる。
「………ゆ、うと…?」
「……っ、」
俺は反射的に手を引っ込めた。
どうやら真田を起こしてしまったようだ。
真田は低く掠れた声で俺の名前を呼ぶ。…その声が妙に男臭くて、おもわず胸が高鳴ってしまう。
「…ず、随分遅い目覚めだな…っ」
それを気付かれないように、平然を装いながら起きたばかりの真田に悪態をつく。
「…ああ。もう、無理して早く起きることもねぇしな。」
「…“無理”?」
何だその口振りは?
そんな言い方だと、今までは無理をしながら早く起きていたということになる。
「…それってどういう…、」
「悠斗が俺より先に起きて、勝手に俺の前から居なくなるのが嫌だったんだ。」
「………っ、」
その言葉を聞いて、一瞬にして体温が上昇した。
今日は遅く起きようが、俺が自らの意思で逃げようとしないっていうのが分かっていたような口振りだ。
「お、俺、…帰る!」
ああ、駄目だ駄目だ。
やっぱり真田と一緒に居たら駄目だ。
今まではこんな痛み味わったことないのに…。何でこんなにも胸が痛いのだろう…?
頭が痛い。
喉も痛い。
腰も痛い。
瞼が重い。
…それに加えて、今日は胸が苦しい。
「ばーか。」
「…わ、…ちょっ?!」
急に腕を引かれて、俺は前に進むどころか、再びベッドの上に身体を預ける結果となった。
「…俺から逃げられると思うのか?」
「さ、なだ…」
「言っただろ。
…手放す気はねぇって…、」
今まで見たことない優しい笑みを浮かべた真田に、見つめられる。
……ああ、駄目だ。
もう逃げられない。
俺は自分が思っていた以上に、真田のことが好きらしい…。
END
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