短編集 | ナノ

 3







「(…顔、すげー真っ赤)」

まるで熟れた林檎のようだ。
その赤くなった頬も林檎のように甘いのかと、琢磨は明美の頬に手を伸ばし掛けたのだが…止めた。

こんな行動は自分の柄ではない。女にさえしてやったことも、思ったことすらもないというのに、確かに目の前に居る男に自分の感情が掻き乱されている。
その事実に琢磨は内心舌打ちをしながらも、重い口を開いた。




「……分かった」

低く掠れた声。
その返事に驚いたのは明美だけではない。
答えを出した張本人である琢磨もだ。
「気持ち悪いことほざくな」とその整った明美の顔に拳を入れてやるつもりだったのだ。それなのに気が付けば明美の申し出に頷いてしまっていた。自分でも分からない内に。



「…え?本当に?」

そして明美はというと。
琢磨の了承の返事に俯いていた顔を上げて驚きの声を上げた。自分でも気持ち悪いことを申し出た自覚はある。絶対に気持ち悪がられた挙句、殴られて断られるだろうと思っていたのだ。それだというのに渋々の返事だろうと、了承を得れたことに明美は若干の戸惑いを含ませた表情を浮かべた。


「……あの、その…いい、の?」

どうせ断られるのだと粉砕覚悟の申し出だったのに、いざ了承を得られるとどう対応したらいいのか分からずに、明美は再度琢磨に問うた。

その明美の問いに琢磨は眉間に皺を寄せる。
自分から誘ってきたくせに、妙におどおどしている明美の態度が気に食わないのだ。
その初物のような態度は男を誑かす時の“振り”なのか?


「(はっ、男を誘う淫乱野郎のくせに)」

今までの男は誘われれば優しく抱いてやったかもしれねぇが俺は違う。暴力とは別の方法で明美のその顔を歪めるのも悪くないと思いながら、琢磨は妖しく口角を上げた。



「不知火?」

「二度も言わせんな。うぜぇ」

「ご、ごめん…」

互いがどのような思いを抱いているかなど二人は知らない。
知ろうともしない琢磨に、知る余裕すらもない明美。だがどのような形であろうとも二人の目的は合点したのだ。



「あ、そうだ…お金」

「後払いでいい」

「…え?」

「まだ本当に男とやれるか分からねぇしな」

「う、うん。…そうだね」

いざ明美の男の身体を前にして性欲など働くかなど琢磨にもまだ分からないのだ。明美は琢磨の言葉に納得しながら、大事そうにその十万円が入った茶封筒を鞄に直した。
この十万円は琢磨との唯一の繋がりなのだと思いながら。



「…それで?」

「え、なに?」

「何時何処でやるんだ?」

「……えっと、今日…とか?」

「はっ、淫乱」

「ち、違っ…!」

そんなに早く俺とヤりてぇのかと琢磨は明美を蔑んだ目で見下ろしながら鼻で笑う。すぐに明美は否定したものの、その印象は払拭出来なかった。

口には出せなかったものの、明美の言い分はこうだ。
三日後や一週間後になると、それまでの期間中はどのような気持ちで居ればいいのか分からなかったのだ。恥ずかしくて逃げ出したい気持ちにもなるだろうし、後日琢磨に抱かれるという事実に身を火照らすのも間違いないだろう。
それに琢磨に早い内に済ませようと言われた時のために、明美は先程家で苦手である腸内洗浄も済ませて来ていたのだった。

どちらにせよこの事を口に出したときには、再度淫乱と罵られるであろうことは明美は知らない。



「まぁどうでもいい」

「……う」

「お前の家、学校から近いか?」

「えっと、自転車で三十分くらい、かな」

「…それなら俺の家でいいな」

「あ、…いいの?」

「此処から近いし誰も居ない」

「う、うん…」

行くぞと言われて明美は再度頷いた。
明美にとってこの学校に来て初めてのサボりであって、誰かの家に行くのも初めてなのだ。


そして何も問題なく事が進めば、琢磨の家で「男に初めて抱かれる」のであろう。
自分がどのような破廉恥な申し出をしたのかを改めて認識しながら、明美は顔を真っ赤にしながら小走りで琢磨の後を追った。





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