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「俺がもっとしっかりやっていれば…」
こんなことにならなかった。
一輝とクラスが別々になったからといってなんだ。離れ離れになろうと、俺たちの仲が悪くなるわけでもない。世界の終わりでもない。落ち込む暇があるくらいなら、勇気を出して新しい友達を作る努力をしておけばよかった。
そうすれば…。
そうすれば、こんなことにならなかったはずだ。
「おれ、俺…どうしようっ」
取り返しのつかない状況を引き起こしてしまったのは、間違いなく俺。このままでは一輝は犯罪者になってしまう。過去に戻れるなら、戻ってやり直したい。
だけど、そんなこと出来るはずがないのは分かっている…。自分の不甲斐なさが悔しくて下唇を強く噛めば、一輝は「違う」とただ一言声を出した。
「違うって…何が?」
「信二の所為ではない」
「俺の所為だよ」
「信二の所為ではなく、全ては俺の為なんだよ」
「………?」
一輝の言葉の意味が分からず、首を傾げれば、一輝は俺の下唇を指の腹でなぞった。その触り方は何処か妖しげ。熱の篭った視線とその触り方におもわずドキッとしてしまう。
「…か、ずき」
緊張のあまり、必死に搾り出した声は掠れてしまった。
どうやら先程強く唇を噛んだ所為か、血が出てしまったらしい。一輝の指の腹には俺の血が付着している。ペロリと舌を出して下唇を舐めてみれば、確かに鉄の味がした。
拭ってあげようと手を伸ばせば、それより先に一輝がその指を自分の口元に運んだ。
「……っ、」
そして一輝は見せ付けるかのように、俺の血が付着した指を舐めている。
何してるの?やめてよ。汚いよ。…一体何と声を掛けるのが正解なのだろうか。普段ならば軽い感じで「やめろよー」とか言えるのだろうけれど、そんな風に言える雰囲気ではない。
口すら開けれず、視線も逸らせずに、俺は一輝の様子を窺う。
一時の静寂。
そしてその静寂を破ったのは、
「好きだ」
一輝のたった三文字の言葉だった。
「お、俺も好きだよ?」
何故このタイミング?不思議に思ったが、好意を持っていてくれて素直に嬉しい。でも今更この確認に意味があるのだろうか。自惚れだと言われてしまうかもしれないが、一輝から大切に扱われているのは身に染みるほどひしひしと伝わってきているし、俺だって負けずと一輝のことを大切に思っている。
滲み出てきた下唇の血を舐めながら疑問に思っていると、一輝は「違う」と強めの口調で口を開いた。
「違うの?何が?」
「意味が違う」
「意味?」
「俺は信二を愛している」
…愛?
尚更訳が分からなくなった。
愛って何?どういう意味?親愛?友愛?
…それとも?
「……わ、っ?!」
すると急に腕を引かれ、肩を掴まれ、強引にベッドに押し倒された。
「か、一輝」
急いで身体を起き上がらせようと試みる。
だが一輝に跨られ、強い力で肩を押さえつけられているため、起き上がるのは不可能だった。俺が力で一輝に敵うわけがない。
「…肩、いたいよ」
「………」
顔が近い。
変に緊張してしまう。ゴクリと唾を飲み込む音が響いた。
「…信二」
「……な、に?」
「俺はお前が、好きだ。お前の言っている“好き”とは意味が違う。愛してる。キスしたいし、俺の手でめちゃくちゃにしてやりたい」
「……、」
「ほら、分かるだろ」
「…っ、?!や、っ」
「信二に触れて勃っちまった」
腰を押し付けられたかと思うと、下腹部にゴリッとしたものが当たった。それが何なのか分からないほど俺は鈍くはない。…男の象徴。それがどうしたら勃起するのかはもちろん知っている。生理現象もあるだろうが、今の一輝は確実に性的興奮をして俺の上で勃たせているのだ。
そう、俺の上で。
……俺を相手に。
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